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(画像掲示板より引用)


 【link】

「ワレYouTube発見セリ」:war in the Pacific

『海戦からみた太平洋戦争』(戸高一成著,角川書店,2011.11)

『大日本帝国海軍の激闘史 CGと地図でよみがえる太平洋戦争』(新人物往来社,2012.4)

『ニミッツの太平洋海戦史』〔新装版〕(チェスター・W. ニミッツ著,恒文社,1992/08)

 とても面白いです.
 簡素な記述と,各章ごとにある戦略視点の解説が,とっても素適.
 ついでに,この本の謝礼も,三笠保存会へ寄付されているようです.
 出版元への手紙の一部から抜粋;
「1905年の夏のことであった.
 当時私が”少尉候補生”として,米軍艦「オハイオ」に乗組み,東京湾に停泊していたとき,私は露西亜を破った日本の将軍や提督たちの凱旋園遊会に出席した.
 私は「オハイオ」の他の5名の候補生とともに,旅順で分捕った露西亜のシャンパン酒のご馳走になった.
 席を立って我々のほうに歩いて来る東郷提督を見つけた時,私は候補生を代表して,我々のテーブルで歓談するよう提督にお願いした.
 提督はこれを快諾し,我々と一緒に10分ほど話してくれた.
 提督は英国海軍の学校で勉強されたので,英語は上手であった」

 春秋の筆法をもってすれば,「数杯のシャンパン酒と10分の歓談が,戦艦三笠を救う」ってか.

------------軍事板,2003/02/10
青文字:加筆改修部分

 【質問】
 漸減邀撃(ぜんげんようげき:原文ママ)作戦構想が確立したのはいつか?

 【回答】
 邀撃作戦構想は日露戦争後に確立したが,「漸減」作戦構想が明確に現れたのは1918年.

 主力艦数でアメリカに劣勢であることは分かっていたので,1918年の「帝国国防方針」第二次改定以降,艦隊決戦の方式も,一挙に全戦力を投入しての決戦という従来の構想から,索敵(敵艦隊への接触)・「漸減」・決戦という3段構えの「漸減邀撃」作戦構想へと変化.
 しかし,この時点では,建艦競争の最中で,決戦に投入できる主力艦数を一隻でも多くする事が先決問題とされ,「漸減」については巡洋艦による奇襲が考えられたものの,まだ具体性も乏しく,作戦全体における比重はそれほど高いものではなかった.

 ところが,ワシントン会議によって主力艦の対米6割保有が確定すると,日本海軍は,索敵・「漸減」・決戦の3段構えの作戦の重点を,どのようにアメリカ艦隊を「漸減」するかというところに移さざるをえなかった.
 主力艦は決戦兵力として温存しておかねばならなかったので,「漸減」は補助艦だけの,とりわけ大型巡洋艦と潜水艦の役割となった.

 だが,この「漸減邀撃」作戦を実現するには,2つの戦術的問題が解決されなければならなかった.
 一つは,索敵と,場合によっては「漸減」も担当する潜水艦の速力と航続力である.
 ハワイ近くまで進出して待機し,アメリカ艦隊を発見し,接触を続けるためには,途中で燃料不足になるようではいけないし,艦隊に振り切られてしまうような速力では使い物にならない.
 第2は,「漸減」の主役である大型巡洋艦の攻撃力・速力である.
 巡洋艦の主砲は,条約の規制によって20cmを越えることはできないので,例え夜間の肉薄攻撃が成功したとしても,この程度の戦力で主力艦を撃沈可能なのか,また,少々速力が速い(30knot強)くらいでは,30ノット以上の速力を有する巡洋戦艦が登場している以上,奇襲後の離脱は難しいのではないか,ということである.

 日本海軍は,ワシントン会議直後から,これらの問題を解決するための新型巡洋艦・潜水艦の開発に,力を注ぐことになる.

 詳しくは,山田朗著「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1),p.93-98を参照されたし.


 【質問】
 対米7割論はなぜ出て来たのか?

 【回答】
 そもそもは日露戦後,日英同盟の下での「対米独7割論」として生まれてきたもので,仮想敵(米独)の7割の主力艦保有が必要だ,という論.
 この「7割」という比率の根拠は,攻撃側は防御側に対し,5割以上の兵力優勢を必要とするという,佐藤鉄太郎・秋山正之らの仮説から算出されたもので,1:1.5 = 0.67:1.すなわち防御側は少なくとも0.67は必要だ,というもの.
 これは,マハンの戦術理論からも裏付けられていると見なされた.

 この対米独7割達成は,日本の国力と帝政ドイツの猛烈な建艦により,全く不可能だった.
 例えば第1次世界大戦開戦時点で,弩級以上の主力艦保有量では,日本は米独の
総トン数の12.6%
隻数の12.0%
に過ぎなかった.

 だが第1次大戦により,ドイツ海軍が完全に解体されたことは結果的に,7割論に日本海軍が固執する原因となったと言える.アメリカだけが相手なら,名実とも似「7割」が確保できると考えたからである.
 対米7割論への固執は,国力の限界を無視したものだったが,極めて単純化された図式であり,日露戦後の反米感情の高まりを背景に,海軍部内に急速かつ深く浸透していったのである.

 詳しくは,山田朗著「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1),p.82-83を参照されたし.


 【質問】
 ワシントン条約前のアメリカ側の建艦は,アメリカの国力に照らしてどうだったか?

 【回答】
 やはり無理な軍拡だった.

 大戦終結にもかかわらず,アメリカの連邦政府予算に占める軍事費の割合は,退役軍人への年金・補償などを除外しても,主力艦10隻を同時に起工した1920年度には37.1%,21年度にも35.0%に達していた.
 第1次大戦を経て超大国の地位を占めつつあったアメリカにとっても,相手が造るから作ると言う具合に自己目的化してしまった建艦は,できれば打ち切りたいことだった.

 そこで1921年,アメリカ大統領ハーディングは,軍拡停止・海軍軍備制限に関する国際会議を提案したのである.

 詳しくは,山田朗著「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1),p.86を参照されたし.


 【質問】
 「対米7割論」者は,ワシントン条約に反対しなかったのか?

 【回答】
 反対したが,抑え込まれた.

 軍縮会議の日本側首席随員・加藤寛治(ひろはる)中将らは,軍縮条約案が,日本の主力艦保有量をアメリカの6割に抑えていることから,対米7割以上でなくては作戦が成り立たない,と条約案(アメリカ側提案)を拒否するよう,加藤友三郎全権に強く訴えた.

 しかし8・8艦隊推進の当事者だった加藤全権=海相は,その実現が日本の財政を破綻させることを認識しており,軍縮条約受諾方針を確実に守った.

 また加藤海相は,会議が太平洋諸島における防備や軍事施設の現状維持をも取り決めたことから,日本側も対米6割の主力艦では不利だが,西太平洋におけるアメリカのフィリピン・グアムの軍備は制限され,アメリカ艦隊の日本近海への侵攻も困難になったので五分五分だと,「7割」論者を抑えた.
 日本海海戦当時の連合艦隊参謀長だった加藤友三郎の権威と統制力は絶大で,海軍部内では反対論は強かったものの,加藤友三郎の決定に服した.

 しかし海軍内部においてはワシントン条約の「6割受諾」を巡り,2つに分裂した.
 加藤友三郎を始めとする軍政(海軍省)系統の軍人は,平時の「7割」維持が財政上不可能と認識し,国力を充実して,戦時に「7割」に持っていけるだけの建艦能力を維持していけばよいと考えていた.
 他方,加藤寛治ら作戦立案を担当している軍令(軍令部)系統の軍人や,艦隊で訓練に当たっている軍人の多くは,日本のように資源にも工業力にも劣る「持たざる国」こそ,平時より強大な軍事力(対米7割以上,なしうれば対米同等)を保有しておかなければ,戦時において頼るべきものは何もないと考えていた(加藤寛治大将伝編纂会「加藤寛治大将伝」 p.756-757).
 この「平時7割派」は,第1次大戦のような長期消耗戦は,日本が行うべき将来戦ではないと考えており,戦争が始まったならば,積極的に艦隊決戦に持ちこんで一挙に勝敗を決してしまおうという,速戦即決を志向するグループだった.

 日本海軍軍人が憤慨したように,ワシントン会議には,アメリカによる日本の軍事力増強を封じ込めるという,帝国主義的な戦略が隠されていたのも確かである.
 だが,この戦略に助けられたのは,誰よりも日本自身だった.
 そもそも,GNPにして9.7倍(1921年)のアメリカを相手にして,正面から建艦競争を挑み,国家財政(一般会計)の半分を軍事費に(3分の1を海軍費に)注ぎ込んでもまだ足りない,というような軍拡を,第1次大戦後の不況の中で継続することは無謀だった.
 1924-30年の7年間は,軍事費が国家歳出比27-29%台で安定した時期である.

 詳しくは,山田朗著「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1),p.88-93を参照されたし.

ワシントン条約で廃棄された「土佐」

同じく未完成戦艦から改造された三段空母

(画像掲示板より引用)


 【質問】
 ワシントン軍縮条約交渉当時,当時の日本の国力から言えば,戦艦10隻ぐらいでは破産なんかにはならなかったのでは?
 事実,1930年代後半の軍事費はGNPの5〜6%で,冷戦時のアメリカよりずっと少ない.

 【回答】
 破産しそうだったので,軍縮条約にも参加しましたし,作った戦艦も予備艦にして,お金をかけないようにしてました.

 1930年代後半の軍事費には,陸海軍費とは別立ての臨時軍事費特別会計というものがありました.
 日中戦争の戦費のほか,「日中戦争に関連して出師する船」という名目で,高角砲の増設など艦艇の改装などにも使われてます.
(臨時事件費特別会計法というのは,戦争が始まってから終わるまでを一会計年度とするもので,日露戦争のときに作られました.
 このときに一緒に非常特別税法も可決されたわけですが,物品税を引き上げて各種専売を行うことで,明治37年だけで12億円以上を集めるとしました.
 戦争が終わった後も,この物品税の割増や専売制度は廃止されずに,一般税制に組み込まれたため,直接 税比率が高くなったのであって,別に税負担が低かったわけではありません)

 歳入の1/3は公債による借金で,30年代後半であれば政府債務残高は軽く400パーセントを超えてます.
 1936年であればGNPは178億円,軍事費の総額は12億円,一般会計における比率は47パーセントでした.
 条約明けすぐで,戦艦を予備艦にして,臨時軍事費特別会計が「無い」状態でも,それだけの額になってたわけです.
 海軍省経費だけで言えば36年で5億6000万円くらい,兵器艦艇費が5億を超えます.

 臨時軍事費特別会計法ができた1937年以降は,一般会計の80パーセント前後が軍事費となります.
 会計検査の入らない借金で戦費をまかなうというスタイルで太平洋戦争に突入した結果,最終的に2000億円を超える額が使われたことになります.
 GNPが太平洋戦争前で20億,戦時増産とインフレでも80億円だった時代の2000億円です.

 30年代後半に予備艦になる戦艦が減ったのは,借金で戦争に備えていたからであって,GDP比で軍事費が低率に抑えられたからではありません.

ふみ in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 条約によって戦艦土佐を廃艦にする時,砲撃実験に使用して沈めましたが,そんな勿体無いことをせず,貴重な鋼材を何故,他の事に再利用しようとしなかったんでしょうか?

 【回答】
 バラすほうが金と時間と場所(ドック)を喰うから.
 当時の日本では他に使い道もない.
 鉄鋼需要が今とは比べ物にならないから.

 実艦標的に供する前に,とっぱずせるものは外してる.

 それと,条約にしたがって廃棄する以上,再利用ができないことが絶対条件なので,確実に「処分した」と解る方法でないと駄目だった.
「日本は解体したって言ってるが,日本の鉄鋼需要でどこに転用したんだ?
 もしかして隠れて建造し続けてるんじゃないのか?」
とか思われると困る.

 それと,これは老婆心だが,海没処分されたのは標的に使われた「後」.射撃が終わって射撃効果の検証が行われた後に改めて海没させている.
 撃ちっぱなしで沈めた訳ではない.

軍事板


 【質問】
 ロンドン海軍軍縮条約の内容を教えられたし.

 【回答】
 以下,ロンドン海軍軍縮条約全文.

昭和五年(一九三〇年)倫敦に於て締結せられたる海軍軍備の制限及縮小に関する五国(日,英,米,仏,伊)条約

 朕枢密顧問の諮詢を経て昭和五年四月二十二日「ロンドン」に於て帝国全権委員が亜米利加合衆国,英帝国,仏蘭西国及伊太利国の全権委員と共に署名調印したる千九百三十年「ロンドン」海軍条約を批准し?に之を公布せしむ
 御名御璽
  昭和六年一月一日
   内閣総理大臣臨時代理
    外務大臣男爵 幣原喜重郎
    外務大臣男爵 幣原喜重郎
    海軍大臣男爵 安保清種

条約第一号
 亜米利加合衆国大統領,仏蘭西共和国大統領,「グレート・ブリテン」「アイルランド」及「グレート・ブリテン」海外領土皇帝印度皇帝陛下,伊太利国皇帝陛下並に日本国皇帝陛下は,競争的軍備に常に伴う危険を防止し且負担を軽減せんことを希望し,「ワシントン」海軍会議に依り開始せられたる事業を進展せしめ,且軍備の一般的の制限及縮小の漸進的実現を用意ならしめんことを希望し,海軍軍備の制限及縮小に関する条約を締結することに決し依て左の如く其の全権委員を任命せり

亜米利加合衆国大統領
 国務長官 ヘンリ・エル・ステイムスン
 英国駐剳大使 チャールズ・ジー・ドーズ
 海軍大臣 チアールズ・フランシス・アダムズ
 「アーカンソー」州選出上院議員 ジオーゼフ・テイー・ロビンスン
 「ペンシルヴエーニア」州選出上院議員 デーヴイド・エー・リード
 白耳義国駐剳大使 ヒユー・ギブスン
 「メキシコ」国駐剳大使 ドワイト・ダブリユー・モロー

仏蘭西共和国大統領
 内務大臣,内閣議長,下院議員 アンドレ・タルデイユ
 外務大臣,下院議員 アリステイード・ブリアン
 海軍大臣,下院議員 ジアック・ルイ・デユメニル
 植民大臣,下院議員 フランソア・ビエトリ
 英国駐剳仏蘭西共和国大使 エーメ・ジオゼフ・ドツ・フルリオ

「グレート・ブリテン」「アイルランド」及「グレート・ブリテン」海外領土皇帝印度皇帝陛下
 「グレート・ブリテン」及北部「アイルランド」並に国際連盟の個々の連盟国に非ざる英帝国の一切の部分
  国庫尚書兼総理大臣,下院議員 ジエームズ・ラムジ・マクドナルド
  外務大臣,下院議員 アーサー・ヘンダスン
  海軍大臣,下院議員 アルバート・ヴイクター・アレグザンダー
  印度大臣,下院議員 ウイリアム・ウエジウツド・ベン
 「カナダ」
  国防大臣「カナダ」枢密顧問官,陸軍大佐 ジエームズ・シートン・ロールストン
  仏蘭西国駐剳「カナダ」特命全権公使「カナダ」枢密顧問官 フイリップ・ロア
 「オーストラリア」連邦
  貿易及税関大臣 ジエームズ・エドワード・フエントン
 「ニユー・ジー・ランド」
  「ロンドン」駐在「ニユー・ジー・ランド」高級委員 トマス・メースン・ウイルフオド
 南阿弗利加連邦
  「ロンドン」駐在南阿弗利加連邦高級委員 チアールズ・シアドア・テイー・ウオーター
 「アイルランド」自由国
  「ロンドン」駐在「アイルランド」自由国高級委員 テイモン・アロイシアス・スミデイ
 印度
  「ロンドン」駐在印度高級委員 サー・アトウール・チアンドラ・チアタジー
伊太利国皇帝陛下
 外務大臣,下院議員 デイノ・グランデイ
 海軍大臣,上院議員,海軍戦隊少将 ジウゼツペ・シリアンニ
 英国駐剳特命全権大使 アントニオ・キアラモンテ・ボルドナロ
 上院議員,海軍大将,男爵 アルフレド・アクトン
日本国皇帝陛下
 貴族院議員 若槻禮次郎
 海軍大臣,海軍大将 財部彪
 英国駐剳特命全権大使 松平恒雄
 白耳義国駐剳特命全権大使 永井松三

 右各全権委員は互に其の全権委任状を示し之が良好妥当なるを認めたる後,左の如く協定せり.

第一編
第一条
 締約国は千九百二十二年二月六日「ワシントン」に於て相互の間に署名せられ,且本条約に於て「ワシントン」条約と称せらるる海軍軍備制限に関する条約の第二章第三節に規定せらるる,主力艦代替トン数の龍骨据付の自国の権利を千九百三十一年乃至千九百三十六年の期間中行使せざることを約す.
 右規定は不慮の事変に依り亡失し又は破壊せられたる艦船の代替に関する,前記条約第二章第三節第一款(ハ)に掲げらるる既定の適用を妨ぐることなし,尤も仏蘭西国及伊太利国は前記条約の規定に依り千九百二十七年及千九百二十九年に,自国が起工するの権利を与えられたる代換トン数を建造することを得

第二条
一,合衆国,「グレート・ブリテン」及北部「アイルランド」連合王国並に日本国は,左の主力艦を本条に規定せらるる所に従い処分すべし

合衆国
 「フロリダ」
 「ユター」
 「アーカンソー」又は「ワイオーミング」

連合王国
 「ベンボー」
 「アイアン・デユーク」
 「マーバラ」
 「エンペラー・オブ・インデイア」
 「タイガー」

日本国
 比叡

イ) (ロ)の規定を留保し前記艦船は「ワシントン」条約第二章第二節二(ハ)に依り,専ら標的用に変更せられざる限り左の如く廃棄せらるべし.
 合衆国に依り廃棄せらるべき艦船中の一隻及連合王国に依り廃棄せらるべき艦船中の二隻は,本条約の実施の時より十二月以内に「ワシントン」条約第二章第二節三(ロ)に従い戦闘任務に適せざるものと為さるべし.
 右艦船は右実施の時より二十四月以内に右第二節二(イ)又は(ロ)に従い確定的に廃棄せらるべし.
 合衆国に依り廃棄せらるべき艦船中の第二隻並に連合王国に依り廃棄せらるべき艦船中の,第三隻及第四隻に付ては右期間は本条約の実施の時より夫々十八月及三十月とす.

ロ) 本条に依り処分せらるべき艦船中左記は練習用の為保有せらるることを得
 合衆国 「アーカンソー」又は「ワイオーミング」
 連合王国 「アイアン・デユーク」
 日本国 比叡

 右艦船は本条約第二編第二付属書第五款に規定せらるる状態に減勢せらるべし.
 右艦船を要求せられたる状態に減勢するの作業は本条約の実施の時より合衆国及連合王国に付ては,十二月以内に又日本国に付ては十八月以内に之を開始すべし.
 右作業は前期期間の満了の時より六月以内に完了せらるべし.
 右艦船中の何れかにして練習用の為保有せられざるものは本条約の実施の時より,十八月以内に戦闘任務に適せざるものと為され且三十月以内に確定的に廃棄せらるべし.

二,本条約第一条に掲げらるる代換トン数を仏蘭西国又は伊太利国が健三することに依り,「ワシントン」条約に依り必要と為ることあるべき主力艦の処分を別とし,「ワシントン」条約第二章第三節第二款に掲げらるる一切の現存主力艦にして処分せらるべきものと,前号に於て指定せられざるものは本条約の有効期間中保有せらるることを得

三,代換の権利は代換トン数の起工の遅延に依り失はるることなく,且,旧艦は代換せらるるに至る迄は「ワシントン」条約第二章第三節第二款に依り,廃棄の期限の到来せる場合と雖も保有せらるることを得

第三条
一,「ワシントン」条約の適用に付ては該条約第二章第四節に示さるる航空母艦の定義は実に左の定義を以て之に代ふ
 「航空母艦」なる用語は排水量の如何を問はず特に且専ら航空機を搭載するの目的を以て設計せられ,且,艦上に於て航空機の発着し得る構造を有する一切の水上艦船を包含す

二,主力艦,巡洋艦又は駆逐艦に航空機の着艦用又は離艦用の台又は甲板を装備することは,右艦船が専ら航空母艦として設計せられたるか又は改造せられたるものに非ざる限り,右の如く装備せられたる艦船を航空母艦の艦種に算入し又は分類するに至らしむることなし

三,千九百三十年四月一日に現存する主力艦には航空機着艦用の台又は甲板を装備することを得ず

第四条
一,口径六・一インチ(百五十五ミリメートル)を超ゆる砲を搭載する基準排水量一万トン(一万百六十メートル式トン)
 又は之に達せざる航空母艦は何れの締約国も之を取得し又は之を建造し若は建造せしむることを得ず

二,一切の締約国に付本条約の実施せらるる時より口径六・一インチ(百五十五ミリメートル)を超ゆる砲を搭載する
 基準排水量一万トン(一万百六十メートル式トン)又は之に達せざる航空母艦は何れの締約国の法域内に於ても建造せられざるべし

第五条
 航空母艦は各場合に従い「ワシントン」条約第九条若は第十条に依り,又は本条約第四条に依り認めらるるものに比し一層有力なる砲を搭載する為の設計及構造を有せざることを要す
 右第九条及第十条の何れの場所に於けるを問はず,口径六インチ(百五十二ミリメートル)と掲げらるるときは口径六・一インチ(百五十五ミリメートル)を以て之に代ふ

第六条
一,「ワシントン」条約第二章第四節に規定せらるる基準排水量の決定に関する規則は,之を各締約国の一切の水上艦船に適用すべし

二,潜水艦の基準排水量とは乗員充実せられ,機関据付けられ且航海準備
(一切の武器及断薬,装備品,艤装品,乗員用の糧食,各種の需品並に戦時に於て搭載せらるべき各種の要具を含む)完成し,唯燃料,潤滑油,清水又は「バラスト」用水は如何なる種類のものたるを問はず之を搭載せざる工事完成せる艦船(非防水構造内の水を含まず)の水上排水量を言う

三,海軍の各戦闘艦船は基準状態に在る際の該艦船の排水量トン数にて計測せらるべし
 「トン」なる語は「メートル式トン」なる用語に於けるものを除くの外,二千二百四十ポンド(千十六キログラム)のトンなりと解せらるべし

第七条
一,基準排水量二千トン(二千三十二メートル式トン)を超ゆるか,又は口径五.一インチ(百三十ミリメートル)を超ゆる砲を有する潜水艦は何れの締約国も之を取得し,又は之を建造し若は建造せしむることを得ず

二,尤も各締約国は基準排水量二千八百トン(二千八百四十五メートル式トン)を超えざる潜水艦最大限三隻を保有し,建造し又は取得し得 右潜水艦は口径六.一インチ(百五十五ミリメートル)を超えざる砲を搭載することを得,
 右隻数内に於ては仏蘭西国は既に進水せられたる口径八インチ(二百三ミリメートル)の砲を有する,二千八百八十トン(二千九百二十六メートル式トン)のもの一隻を保有することを得

三,締約国は千九百三十年四月一日に於て其の所有せる基準排水量二千トン(二千三十二メートル式トン)を超えざる潜水艦にして,口径五.一インチ(百三十ミリメートル)を超ゆる砲を装備せるものを保有することを得

四,一切の締約国に付本条約が実施せらるる時より基準排水量二千トン(二千三十二メートル式トン)を超ゆるか,又は口径五.一インチ(百三十ミリメートル)を超ゆる砲を有する潜水艦は本条二に規定せらるる所を除くの外,何れの締約国の法域内に於ても建造せられざるべし

第八条
 左の艦船は之に対し制限を付することあるべき特別の協定を留保し制限を免除せらる

イ) 基準排水量六百トン(六百十メートル式トン)以下の海軍水上戦闘艦船

ロ) 基準排水量六百トン(六百十メートル式トン)を超ゆるも二千トン(二千三十二メートル式トン)を超えざる海軍水上戦闘艦船
 但し左の特性の何れをも有せざる場合に限る
 一)口径六.一インチ(百五十五ミリメートル)を超ゆる砲を搭載すること
 二)口径三インチ(七十六ミリメートル)を超ゆる砲を四門を超え搭載すること
 三)魚雷を発射する様設計せられ又は装置せられたること
 四)二十ノットを超ゆる速力を得る様設計せられたること

ハ) 特に戦闘艦船として建造せられたるに非ざる海軍の水上艦船にして艦隊要務の為に使用せられ,軍隊輸送船として使用せられ又は戦闘艦船としての用途以外の用途に使用せられるもの
 但し左の特性の何れをも有せざる場合に限る
 一)口径六.一インチ(百五十五ミリメートル)を超ゆる砲を搭載すること
 二)口径三インチ(七十六ミリメートル)を超ゆる砲を四門を超え搭載すること
 三)魚雷を発射する様設計せられ又は装置せられたること
 四)二十ノットを超ゆる速力を得る様設計せられたること
 五)装甲板に依り防護せられたること
 六)機雷を敷設する様設計せられ又は装置せられたること
 七)空中より航空機の着艦する様装置せられたること
 八)中央線上に航空機発進装置一基を又は各舷側に一基づつ即ち二基を超え搭載すること
 九)航空機を空中に発進せしむる何等かの手段が装置せられたる場合に三機を超ゆる航空機を海上に於て行動せしむる様設計せられ又は改造せられたること

第九条
 本第二編第一付属書に掲げらるる代換規則は航空母艦を除くの外,基準排水量一万トン(一万百六十メートル式トン)を超えざる艦船に之を適用す
 右航空母艦の代換は「ワシントン」条約の規定に依り規律せらる

第十条
 締約国は主力艦航空母艦及び第八条に依り制限を免除せられたる艦船以外の各艦船にして,本条約の実施後締約国に依り又は締約国の為に起工せられ又は竣工せられたるものの,起工の日及竣工の日の後夫々一月以内に左記細目事項を他の各締約国に通知すべし

イ) 龍骨据付の日及び左の細目
 艦船の艦種別
 トン及メートル式トンに依る基準排水量
 主要寸法即ち水線全長,水線に於ける又は水線下の最大幅員
 基準排水量に於ける平均吃水
 最大備砲の口径
ロ) 竣工の日及右の日に於ける当該艦船に関する前記細目

 主力艦及航空母艦に付為さるべき通知は「ワシントン」条約に依り規律せらる

第十一条
 本条約第二条の規定を留保し本第二編第二付属書に掲げらるる処分規則は,右条約に依り処分せらるべき一切の艦船及第三条に定義せらるる航空母艦に適用せらるべし

第十二条
 一,本第二編第三付属書中の表を関係締約国間に於て変更することあるべき一切の補足協定を留保し,右表中に示さるる特殊艦船は保有せらるることを得べく且其のトン数は制限を付せらるるトン数中に包含せらるることなかるべし

 二,右特殊艦船の保有の目的たる用途に充つる為建造せられ,改造せられ又は取得せらるる他の何れの艦船も,其の特性に従い適当の戦闘艦船艦種のトン数中に算入せらるべし
 但し右艦船が第八条に依り制限を免除せられたる艦船の特性に適合するときは此の限に在らず

 三,尤も日本国は千九百三十六年十二月三十一日前に機雷敷設艦阿蘇及常盤を新機雷敷設艦に依り代換することを得
 各新艦船の基準排水量は五千トン(五千八十メートル式トン)を超ゆることを得ず
 右艦船の速力は二十ノットを超ゆることを得ざるべく且該艦船の他の特性は第八条(ロ)の規定に従うべし
 右新艦船は特殊艦船と看做さるべく且其のトン数は何れの戦闘艦船艦種のトン数中にも算入せらるることなかるべし
 阿蘇及常盤は代艦竣工の時に於て本第二編第二付属書第一款又は第二款に従い処分せらるべし

 四,浅間,八雲,出雲,磐手及春日は球磨級の最初の艦船三隻が新艦船に依り代換せられたるときは,本第二編第二付属書第一款又は第二款に従い処分せらるべし
 右球磨級の艦船三隻は本第二編第二付属書第五款(ロ)二に規定せらるる状態に減勢せらるべく,且,練習艦として使用せらるべし 右艦船のトン数は制限を付せらるるトン数中に爾後包含せられざるべし

第十三条
 千九百三十年四月一日前に固定練習用施設又は「ハルク」として使用せられたる各種の型式の現在艦船は,航海不能の状態に於て保有せらるることを得

第一付属書 代換規則
第一款
 本付属書第三款及本条約第三編に規定せらるる所を除くの外艦船は,其の「艦齢超過」と為るに先ち代換せらるることを得ず
 艦船は其の竣工の日後左記年数が経過したるときは「艦齢超過」と為れるものと看做さるべし

イ) 基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超ゆるも一万トン(一万百六十メートル式トン)を超えざる水上艦船に付ては
 一)千九百二十年一月一日前に起工せられたるときは    十六年
 二)千九百十九年十二月三十一日後に起工せられたるときは 二十年

ロ) 基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超えざる水上艦船に付ては
 一)千九百二十一年一月一日前に起工せられたるときは   十二年
 二)千九百二十年十二月三十一日後に起工せられたるときは 十六年

ハ) 潜水艦に付ては十三年

 代換トン数の龍骨は代換せらるべき艦船が「艦齢超過」と為る年の三年の期間前に於ては据付けらるることを得ず
 但し右期間は基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超えざる代換水上艦船に付ては二年に短縮せらる
 代換の権利は代換トン数の起工の遅延に依り失はるることなし

第二款
 本条約に別段の規定ある場合を除くの外一隻又は数隻の艦船にして,之が保有の結果当該艦種に付許されたる最大限トン数を超過するに至るものは,代換トン数の竣工又は取得の時に於て本第二編第二付属書に従い処分せらるべし

第三款
 艦船は亡失又は不慮の事変に依る破壊の場合に於ては直に代換せらるることを得

第二付属書 艦船の処分規則
 本条約は左の方法に依り艦船を処分することを規定す

一)廃棄すること(沈没せしめ又は解体すること)
二)艦船を「ハルク」に変更すること
三)艦船を専ら標的用に変更すること
四)艦船を専ら実験用の為保有すること
五)艦船を専ら練習用の為保有すること

 主力艦以外の処分せらるべき何れの艦船も当該締約国の選択に依り廃棄せらるるか,又は「ハルク」に変更せらるることを得
 主力艦以外の艦船にして,標的用,実験用又は練習用の為保有せられたるものは終局に於ては廃棄せらるるか又は「ハルク」に変更せらるべし

第一款 廃棄せらるべき艦船
イ)代換の事由に基き廃棄に依り処分せらるべき艦船は其の代艦の竣工,又は其の代艦一隻を超ゆる場合には該代艦中の第一隻の竣工の日後六月以内に戦闘任務に堪えざるものと為さることを要す
 但し右一隻又は数隻の新艦の竣工が遅延せられたる場合に於ては旧艦を戦闘任務に堪えざるものと為すの作業は,右遅延に拘らず右一隻の新艦又は数隻の新艦中の第一隻の龍骨の据付の日より四年半以内に完了せらるべし
 尤も右一隻の新艦又は数隻の新艦の何れかが基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超えざる水上艦船なる場合に於ては,右期間は三年半に短縮せらる

ロ)廃棄せらるべき艦船は左の諸物件が撤去せられ且陸揚せられたるか又は艦内に於て破壊せられたるときは戦闘任務に堪えざるものと看做さるべし
 一)一切の砲及砲の主要部分,射撃指揮所並に一切の砲塔の旋回部
 二)一切の砲塔操作用の水圧機械又は電力機械
 三)一切の射撃指揮要具及測距儀
 四)一切の弾薬,爆薬,機雷及機雷敷設用軌道
 五)一切の魚雷,実用頭部,魚雷発射管及発射管旋回盤用軌道
 六)一切の無線電信装置
 七)一切の主要推進機械又は之が代として装甲司令塔及一切の舷側装甲板
 八)一切の航空機用「クレーン」,「デリック」,昇降機及発進装置並に一切の航空機着艦用若は離艦用の台及甲板又は此等の代として一切の主要推進機械
 九)潜水艦に付ては右の外一切の主要蓄電池,空気圧搾装置及び「バラスト・ポンプ」

ハ)廃棄は艦船を戦闘任務に堪えざるものと為すの作業の完了期限の到来の日より十二月以内に,左の方法の何れかに依り確定的に実行せらるべし
 一)艦船を永久に沈没せしむること
 二)艦船を解体すること 解体は一切の機械,汽罐及装甲並に一切の甲板,舷側及艦底の鈑の破壊又は撤去を常に包含すべし

第二款 「ハルク」に変更せらるべき艦船
 「ハルク」に変更することに依り処分せらるべき艦船は第一款(ロ)(六),七)及八)を除く)に規定せらるる条件が充され,且,左記が実行せられたるときは確定的に処分せられたるものと看做さるべし

 一)一切の推進軸,推力承,「タービン」減速装置又は推進用主電動機及主機械の「タービン」又は蒸汽筒を修繕し得ざる程度に損壊すること
 二)推進機張出承を撤去すること
 三)一切の航空機用昇降機を撤去し且解体すること並に一切の航空機用「クレーン」,「デリック」及発進装置を撤去すること

 本艦船は艦船を戦闘任務に堪えざるものと為すことに関し第一款に於て規定せらるる所と同一の期限迄に前期状態と為さるることを要す

第三款 標的用に変更せらるべき艦船
イ)専ら標的用に変更することに依り処分せらるべき艦船は左記物件が撤去せられ且陸揚せられたるか,又は艦内に於て使用不能のものと為されたるときは戦闘任務に堪えざるものと看做さるべし
 一)一切の砲
 二)一切の射撃指揮所及射撃指揮要具並に主要射撃指揮通信電線
 三)砲架操作用又は砲塔操作用の一切の機械
 四)一切の弾薬,爆薬,機雷,魚雷及魚雷発射管
 五)一切の航空用設備及付属物件

 本艦船は艦船を戦闘任務に堪えざるものと為すことに関し第一款に於て規定せらるる所と,同一の期限迄に前記状態と為さるることを要す

ロ)各締約国が「ワシントン」条約に依り既に有する権利以外に各締約国は専ら標的用の為,左記を何時にても同時に保有することを許さる
 一)三隻を超えざる艦船(巡洋艦又は駆逐艦) 
 但し右三隻中一隻に限り基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超ゆることを得
 二)潜水艦一隻

ハ)標的用の為艦船を保有したるときは当該締約国は之を再び戦闘任務用に変更せざることを約す

第四款 実験用の為保有せらるる艦船
イ)専ら事件洋に変更することに依り処分せらるべき艦船は本付属書第三款イ)の規定に従い処分せらるべし

ロ)一般的規則を妨ぐることなく且他の締約国に適当の通告が為さるることを条件とし,本付属書第三款イ)に規定せらるる状態との相当の相違は,特別の実験用の為必要なることあるべき範囲内に於て一時的措置として許さるることを得
 右規定を利用する何れの締約国も右相違の全細目及右相違を必要とする期聞を提示することを要す

ハ)各締約国は専ら実験用の為左記を何時にても同時に保有することを許さる
 一)二隻を超えざる艦船(巡洋艦又は駆逐艦) 但し右二隻中一隻に限り
 基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超ゆることを得
 二)潜水艦一隻

ニ)連合王国は実験用の為の必要なきに至る迄主砲及砲架の既に損壊せられたる「モニター」艦「ロバーツ」並に水上飛行機母艦「アーク・ロイアル」を其の現状に於て保有することを許さる
 右二隻の艦船を保有することは前記(ハ)に依り許されたる艦船の保有を妨ぐるものに非ず

ホ)実験用の為艦船を保有したるときは当該締約国は之を再び戦闘任務用に変更せざることを約す

第五款 練習用の為保有せらるる艦船
イ)締約国が「ワシントン」条約に依り既に有する権利以外に各締約国は専ら練習用の為左の艦船を保有することを許さる
 合衆国  主力艦一隻(「アーカンソー」又は「ワイオーミング」)
 仏蘭西国 水上艦船二隻 内一隻は基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超ゆることを得
 連合王国 主力艦一隻(「アイアン・デユーク」)
 伊太利国 水上艦船二隻 内一隻は基準排水量三千トン(三千四十八メートル式トン)を超ゆることを得
 日本国  主力艦一隻(比叡)及び巡洋艦三隻(球磨級)

ロ)イ)の規定に依り練習用の為保有せられたる艦船は該艦船が処分せらるることを要する日より六月以内に左の如く処理せらるべし
 一,主力艦 左記を実行すべし
 一)主砲,一切の砲塔の旋回部及砲塔操作用機械の撤去 但し砲塔三基は兵装の儘各艦に存置せらるることを得
 二)艦内に残存する砲に射撃訓練の為要する量を超ゆる一切の弾薬及爆薬の撤去
 三)司令塔並に最前部及最後部の砲塔間の舷側装甲帯の撤去
 四)一切の魚雷発射管の撤去又は損壊
 五)最高速力十八ノットを得るに要する数を超ゆる一切の汽罐の撤去又は艦内に於ける損壊

 二,仏蘭西国,伊太利国及日本国に依り保有せらるる他の水上艦船 左記を実行すべし
 一)砲の半数の撤去 但し主要口径砲四門は各艦船に存置せらるることを得
 二)一切の魚雷発射管の撤去
 三)一切の航空用設備及付属物件の撤去
 四)汽罐の半数の撤去

ハ)関係締約国は本款の規定に依り保有せらるる艦船が戦闘用の為使用せられざるべきことを約す

第三付属書 特殊艦船
合衆国
艦船の名      形式      排水量
「アルーストウツク」   機雷敷設艦    四,九五〇トン
「オグララ」       同        四,九五〇トン
「ボールテイモーア」   同        四,四一三トン
「サン・フランシスコ」  同        四,〇八三トン
「シアイエン」      「モニター」艦  二,八〇〇トン
「ヘリナ」        砲艦       一,三九二トン
「イザベル」       「ヨット」      九三八トン
「ナイアガラ」      同        二,六〇〇トン
「ブリッヂボート」    駆逐母艦    一一,七五〇トン
「ドビン」        同       一二,四五〇トン
「メルヴイル」      同        七,一五〇トン
「フウイトニ」      同       一二,四五〇トン
「ホランド」       潜水母艦    一一,五七〇トン
「ヘンダスン」      海軍運送船   一〇,〇〇〇トン
                     九一,四九六トン

仏蘭西国
艦船の名      形式      排水量
「カストール」      機雷敷設艦    三,一五〇トン
「ポリユツクス」     同        二,四六一トン
「コンマンダン・テスト」 水上飛行機母艦 一〇,〇〇〇トン
「エーヌ」        通報艦        六〇〇トン
「マルヌ」        同          六〇〇トン
「アンクル」       同          六〇四トン
「スカルプ」       同          六〇四トン
「シユイツプ」      同          六〇四トン
「ダンケルク」      同          六四四トン
「ラフオー」       同          六四四トン
「バポーム」       同          六四四トン
「ナンシー」       同          六四四トン
「カレー」        同          六四四トン
「ラツシニー」      同          六四四トン
「レ・ゼバルジユ」    同          六四四トン
「ルミールモン」     同          六四四トン
「タユール」       同          六四四トン
「トウール」       同          六四四トン
「エピナル」       同          六四四トン
「リエヴアン」      同          六四四トン
(――)         網敷設艦     二,二九三トン
                     二八,六四四トン

全英連盟
艦船の名            形式      排水量
「アドヴエンチア」(連合王国)     機雷敷設艦    六,七四〇トン
「アルバトロツス」(「オーストラリア」) 水上飛行機母艦  五,〇〇〇トン
「エリバス」(連合王国)        「モニター」艦  七,二〇〇トン
「テラー」(連合王国)         「モニター」艦  七,二〇〇トン
「マーシヤル・ソールト」(連合王国)  「モニター」艦  七,二〇〇トン
「クライヴ」(印度)          「スループ」艦  二,〇二一トン
「メドヴエー」(連合王国)       潜水母艦    一五,〇〇〇トン
                           四九,五六一トン

伊太利国
艦船の名       形式        排水量
「ミラリア」        水上飛行機母艦   四,八八〇トン
「フアア・デイ・ブルーノ」 「モニター」艦   二,八〇〇トン
「モンテ・グラツパ」    同           六〇五トン
「モンテルロ」       同           六〇五トン
「モンテ・チエンジオ」   前「モニター」艦    五〇〇トン
「モンテ・ノヴエニオ」   前「モニター」艦    五〇〇トン
「カンパニア」       「スループ」艦   二,〇七〇トン
                       一一,九六〇トン

日本国
艦船の名  形式     排水量
阿蘇     機雷敷設艦  七,一八〇トン
常盤     機雷敷設艦  九,二四〇トン
浅間     老齢巡洋艦  九,二四〇トン
八雲     同      九,〇一〇トン
出雲     同      九,一八〇トン
磐手     同      九,一八〇トン
春日     同      七,〇八〇トン
淀      砲艦     一,三二〇トン

第三編
 亜米利加合衆国大統領,「グレート・ブリテン」「アイルランド」及「グレート・ブリテン」海外領土皇帝印度皇帝陛下並に,日本国皇帝陛下は相互の間に於て本第三編の規定に同意せり

第十四条
 合衆国,全英連盟及日本国の海軍戦闘艦船にして主力艦,航空母艦及第八条に依り,制限を免除せられたる一切の艦船以外のものは本第三編に規定せらるる所に従い,又特殊艦船に付ては第十二条に規定せらるる所に従い本条約の有効期間中制限せらるべし

第十五条
 本第三編の適用に付ては巡洋艦艦種及駆逐艦艦種の定義は左の如くなるべし
巡洋艦
 主力艦又は航空母艦以外の水上艦船にして基準排水量千八百五十トン(千八百八十メートル式トン)を超ゆるか,又は口径五.一インチ(百三十ミリメートル)を超ゆる砲を有するもの
 巡洋艦艦種は左の如く二級に分たる
(甲) 口径六.一インチ(百五十五ミリメートル)を超ゆる砲を搭載する巡洋艦
(乙) 口径六.一インチ(百五十五ミリメートル)を超えざる砲を搭載する巡洋艦
駆逐艦
 基準排水量千八百五十トン(千八百八十メートル式トン)を超えざる水上艦船にして,口径五.一インチ(百三十ミリメートル)を超えざる砲を有するもの

第十六条
 一,千九百三十六年十二月三十一日に於て超過すべからざる巡洋艦,駆逐艦及潜水艦の各艦種の竣工トン数は左表に示さる

(省略)←よく知られている艦種毎の制限トン数

二,艦船にして何れかの艦種に於ける合計トン数をして前記の表に示さるる数字を超過するに至らしむるものは
千九百三十六年十二月三十一日に終る期間中に漸次処分せらるべし

三,(甲)級巡洋艦の最大隻数は合衆国に付ては十八隻,全英連盟に付ては十五隻又日本国に付ては十二隻たるべし

四,駆逐艦艦種に於ては割当合計トン数の一割六分を超えざるものは,基準排水量千五百トン(千五百二十四メートル式トン)を超ゆる艦船に使用せらるることを得
 千九百三十年四月一日に於て竣工済又は建造中にして右割合を超ゆる駆逐艦は保有せらるることを得るも,基準排水量千五百トン(千五百二十四メートル式トン)を超ゆる他の駆逐艦は,右一割六分迄の引下が実現せらるるに至る迄は建造せられ又は取得せらるることを得ず

五,巡洋艦艦種に於ける割当合計トン数の二割五分を超えざるものには,航空機着艦用の台又は甲板を装備することを得

六,第七条二及び三に掲げらるる潜水艦は当該締約国の潜水艦合計トン数の一部として計算せらるべきものとす

七,本条約第十三条に依り保有せられ又は第二編第二付属書に従い処分せらるる艦船のトン数は,制限を付せらるるトン数中に包含せらるることなかるべし

第十七条
 融通を受くべき艦種又は艦級の割当合計トン数の一割を超えざる融通は,(乙)級巡洋艦と駆逐艦との間に於いて許さるべし

第十八条
 合衆国は(甲)級巡洋艦十五隻総トン数十五万トン(十五万二千四百メートル式トン)を,千九百三十五年迄に竣工するの企図を有す
 合衆国は自国が建造するの権利を与えられたる残余の(甲)級巡洋艦三隻の各隻に代ふるに,(乙)級巡洋艦の一万五千百六十六トン(一万五千四百九メートル式トン)を以てすることを選択することを得
 合衆国が右残余の(甲)級巡洋艦三隻中の一隻又は二隻以上を建造する場合に於いては,第十六隻は千九百三十三年前には起工せられざるべく且千九百三十六年前には竣工せられざるべし
 第十七隻は千九百三十四年前には起工せられざるべく且千九百三十七年前には竣工せられざるべし
 第十八隻は千九百三十五年前には起工せられざるべく且千九百三十八年前には竣工せられざるべし

第十九条
 第二十条に規定せらるる所を除くの外第十六条に依り制限を付せらるる何れかの艦種に於ける起工トン数は,該艦種の最大割当トン数に達する為に又は千九百三十六年十二月三十一日前に,「艦齢超過」と為る艦船を代換する為に必要なる量を超ゆることを得ず
 但し代換トン数は千九百三十七年,千九百三十八年及千九百三十九年に「艦齢超過」と為る巡洋艦及潜水艦並に,千九百三十七年及千九百三十八年に「艦齢超過」と為る駆逐艦に対し起工せらるることを得

第二十条
 第二編第一付属書に掲げらるる代換規則に拘らず

イ)「フロビシア」及「エフインガム」(連合王国)は千九百三十六年中に処分せらるることを得
 千九百三十年四月一日に於て建造中なる巡洋艦に関係なく,千九百三十六十二月三十一日前に全英連盟に付竣工せらるべき巡洋艦の合計代換トン数は,九万千トン(九万二千四百五十メートル式トン)を超ゆることを得ず

ロ)日本国は千九百三十六年中に完了せらるべき新艦建造に依り多摩を代換することを得

ハ)千九百三十六年十二月三十一日前に「艦齢超過」と為る駆逐艦を代換すること以外に,日本国は千九百三十八年及び千九百三十九年に「艦齢超過」と為る艦船の一部を代換する為,千九百三十五年及千九百三十六年の各年に於て,五千二百トン(五千二百八十三メートル式トン)を超えざるトン数を起工することを得

ニ)日本国は潜水艦トン数一万九千二百トン(一万九千五百七メートル式トン)を超えざるものを起工することに依り,本条約の有効期間中に於て代換を繰上ぐることを得
 右トン数中に一万二千トン(一万二千百九十二メートル式トン)を超えざるものは,千九百三十六年十二月三十一日迄に竣工せらるることを得

第二十一条
 本条約の有効期間中本条約第三編の何れかの締約国に於て,本条約第三編に依り制限せられたる艦船に関し自国の安全の要件が,本条約第三編の締約国以外の何れかの国の新艦建造に依り重大なる影響を受けたりと認めたる場合に於ては,右締約国は右艦船の艦種中の一又は二以上に於て自国のトン数に付為さるることを要する増加に関し,企図せられたる増加及び之が理由を特に明示して第三編中の他の締約国に通告し右増加を為すの権利を有すべし

 右の結果として本条約第三編中の他の締約国は,右明示せられたる一艦種又は数艦種を比例的に増加するの権利を有すべく,且,右他の締約国は右に依り生じたる事態に関し外交的手段に依り相互に速に協議すべし

第四編
第二十二条
 左記は国際法の確立せる規則として受諾せらる

一)潜水艦はその商船に対する行動に関しては水上艦船が従うべき国際法の規則に従うことを要す
二)特に,商船が正当に停船を要求せられたる時に於て之を頑強に拒否するか,又は臨検若は捜索に対し積極的に抗拒する場合を除くの外,軍艦は其の水上艦船たると潜水艦たるとを問はず先ず乗客,船員及び船舶書類を安全の場所に置くに非ざれば商船を沈没せしめ又は航海に堪えざるものと為すことを得ず
 右規定の適用に付ては船の短艇は当該時の海上及天候の状態に於て,陸地に近接せること又は乗客及船員を船内に収容することを得る他の船舶の存在することに依り,右乗客及び船員の安全が確保せらるるに非ざれば安全の場所と看做さるることなし

 締約国は他の一切の国に対し前記規則に其の同意を表せんことを勧誘す

第五編
第二十三条
 左の例外を留保し本条約は千九百三十六年十二月三十一日に至る迄引続き効力を有すべし
一)第四編は無期限に引続き効力を有すべし
二)第三条,第四条及第五条の規定並に航空母艦に関する限り,第十一条及第二編第二付属書の規定は「ワシントン」条約と同一の期間内引続き効力を有すべし
 締約国は其の全部が締約国となるべき一層一般的なる海軍軍備制限協定に依り別段の取極を為さざる限り,本条約に代り且本条約の目的を遂行する新条約を作成するため千九百三十五年に会議を開催すべし
 但し本条約の何れの規定も右会議に於ける何れの締約国の態度をも妨ぐることなかるべきものとす

第二十四条
一,本条約は締約国に依り各自の憲法上の手続に従い批准せらるべく,且,批准書は成るべく速に「ロンドン」に於て寄託せらるべし一切の批准書寄託調書の認証謄本は,一切の締約国の政府に送付せらるべし

二,亜米利加合衆国,本条約の前文に列記せらるる全英連盟の各邦に関し,「グレート・ブリテン」「アイルランド」及「グレート・ブリテン」海外領土皇帝印度皇帝陛下並に,日本国皇帝陛下の批准書が寄託せられたる時 直に本条約は右締約国に付実施せらるべし

三,仏蘭西共和国及伊太利王国の批准書が前号に掲げらるる実施の日に於て寄託済なるときは,本条約の第一編,第二編,第四編及第五編は右の日に於て右両国に付実施せらるべく,然らざる場合に於ては右諸編は右両国の各に付其の批准書の寄託ありたる時に於て実施せらるべし

四,本条約第三編より生ずる権利及義務は本条二に掲げらるる締約国に局限せらる締約国は本条二の締約国を拘束する日及条件に関し協定を為すべし
 右協定は同時に仏蘭西国及伊太利国の他の締約国との関係に於ける同様の義務を決定すべし

第二十五条
 一切の締約国の批准書の寄託後「グレート・ブリテン」及北部「アイルランド」連合王国に於ける皇帝陛下の政府は,本条約第四編に掲げらるる規定を右条約の署名国に非ざる一切の国に通知して,確定的に且無期限にて右規定に加入することを右一切の国に対し勧誘すべし
 右加入は「グレート・ブリテン」及北部「アイルランド」連合王国に於ける皇帝陛下の政府に宛てたる宣言書に依り行はるべし

第二十六条
 本条約は仏蘭西語及英吉利語の本文を以て共に正文とし,「グレート・ブリテン」及北部「アイルランド」連合王国に於ける皇帝陛下の政府の記録に寄託保存せらるべし
 右本文の認証謄本は一切の締約国の政府に送付せらるべし
 右証拠として前記各全権委員は本条約に署名調印せり
 千九百三十年四月二十二日「ロンドン」に於て作成す
 ヘンリ,エル,ステイムスン
 チアールズ,ジー,ドーズ
 チアールズ,エフ,アダムズ
 ジオーゼフ,テイー,ロビンスン
 デーヴイド,エー,リード
 ヒユー,ギブスン
 ドワイト,ダブリユー,モロー
 アリステイード,ブリアン
 ジー,エル,デユメニル
 アー,ドウ,フルリオ
 ジユー,ラムジ,マクドナルド
 アーサー,ヘンダスン
 エー,ヴイー,アレグザンダー
 ダブリユー,ウエヂウッド,ベン
 フイリツプ,ロア
 ジエームズ,イー,フエントン
 テイー,エム,ウイルフオド
 シー,テイー,テイー,ウオーター
 テイー,エー,スミデイ
 アトウール,シー,チアタジー
 ジー,シリアンニ
 アー,チー,ボルドナロ
 アルフレド,アクトン
 若槻禮次郎
 財部彪
 松平恒雄
 永井松三

 天佑を保有し万世一系の帝祚を踏める日本国皇帝(御名)此の書を見る有衆に宣示す
 朕昭和五年四月二十二日「ロンドン」に於て帝国全権委員が亜米利加合衆国,英帝国,仏蘭西国及伊太利国の全権委員と共に署名調印したる千九百三十年「ロンドン」海軍条約を閲覧点検し之を嘉納批准す
 神武天皇即位紀元二千五百九十年昭和五年十月二日東京宮城に於て親ら名を署し璽をツせしむ
御 名 国 璽
外務大臣男爵 幣原喜重郎


本条約第十九条中の「艦種」なる語の解釈に関し日,英,米の三国間に交換せられたる書簡(旨趣抜粋)

 千九百三十年「ロンドン」海軍条約第十九条中の「艦種」(Category)なる語は,「艦種」(Category)又は「艦級」(Sub-Category)を意味すと了解し,従て巡洋艦艦種(第十六条)の「甲」(a)又は「乙」(b)級の何れかに属する艦齢超過と為る艦船は,右艦級内に於てのみ之を代換することを得べしとの趣意なりと右条約を解釈す

 但し英国は全英連盟に付廃棄せらるべきトン数にして千九百三十六年十二月三十一日前に竣工せらるることを得る
 六インチ巡洋艦トン数九万千トンに依り代換せらるべきものは,一部分六インチ砲巡洋艦のトン数及一部分七.五インチ砲「エフインガム」級巡洋艦のトン数を包含すと,同政府に於て了解するの根拠たる右条約第二十条(イ)を妨ぐることなくして前記了解及解釈に同意するものとす

 出典『海軍軍備沿革』 (海軍大臣官房 編)

ゆうか ◆9a1boPv5wk in FAQ BBS
青文字:加筆改修部分


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 【質問】
 「条約派」と「艦隊派」とは?

 【回答】
 ロンドン会議での「松平・リード案」の是非を巡り,日本海軍内部で起きた対立.

 海相を支え,軍政を担当する海軍省の軍人達は,補助艦対米7割等を貫徹できないのは困るが,無条約となってワシントン会議前の建艦競争もなお困るという大局的見地から,妥協案で条約妥結やむなしと判断した.彼らは「条約派」と呼ばれた.

 一方,「漸減邀撃」作戦構想実現という戦術的判断を優先させた海軍軍令部は,大型巡洋艦の「対米7割」と潜水艦保有量に拘り,妥協案拒否を主張した.
 このグループは,実践部隊の意見を代弁しているとして,「艦隊派」と称された.

 海軍軍令部は,自らが求める「所要兵力」と日米妥協案=松平・リード案に基づく兵力暫定配置を比較検討し,「兵力量不足」を強く訴えた.
 その主張によれば,妥協案を認めれば,大型巡洋艦2隻,潜水艦26隻が不足することになる.

 しかし,海軍軍令部自身が試算した暫定兵力配置を見る限り,「漸減」段階を担当する第2艦隊では潜水艦1隻が,「決戦」段階を担当する第1艦隊において大型巡洋艦2隻,潜水艦1隻が不足しているに過ぎない.
 不足分は,もともと第二線級の戦力で構成することを予定していた第3艦隊(フィリピン攻略部隊)への皺寄せとなって表れる.
 そもそも第3艦隊は,「漸減邀撃」作戦に基づく艦隊決戦シナリオの枠外にある部隊であり,現実には,妥協案を容認しても必ずしも想定した艦隊決戦が困難になるわけではなかった.
 それでも,主力艦・航空母艦に次いで,個艦性能において優れている大型巡洋艦においても「対米6割」を要求されたことで,「艦隊派」の「兵力量不足」「対米劣勢」という強迫観念は強まった.

 しかし,無条約の不都合を説く「条約派」の説得で,「艦隊派」はひとまず矛を収めざるをえなかった.

 ところが,統帥権干犯(とうすいけんかんぱん)問題が起きると,一度は鎮火していた海軍内の条約反対論が再燃.
 海軍軍令部は,従来の「兵力量不足論」から「統帥権干犯論」に戦術強化した.
 加藤寛治軍令部長・末次信正次長らは,東郷平八郎元帥を担ぎ出し,「条約派」を攻撃.
 6月10日には,加藤軍令部長が単独辞職,条約批准阻止運動をさらに高揚させ,財部彪海相・山梨勝之進次官・堀悌吉軍務局長ら「条約派」は窮地に立たされ,結局,財部海相失脚(部内混乱の責任をとり,10月3日に辞職)と条約派軍人の没落を招いた.

 海軍軍令部は,対米戦には少なくとも大型巡洋艦14隻,潜水艦68隻が必要で,そのうち「漸減」任務に大巡12隻,潜水艦15隻を配置するとしていた(戦史叢書10「ハワイ作戦」 p.493-494).
 だが,1929年末の時点で完成していたのは,大巡8(6万9250t),潜水艦59(外洋型19,近海型40,6万4000t)だった.
 これらのトン数が,ロンドン会議で交渉の前提となった「現有量」よりもかなり少ないのは,建造中の物を含んでいたからである.

 また,潜水艦は,建造中を含む7万8000t,実際に完成・就役している6万4000tよりもさらに削減され,5万2700tとされたが,1922年から29年末までに完成した,「漸減邀撃」作戦構想を前提とした新型潜水艦は,外洋型(索敵・「漸減」・決戦支援)19隻(2万9940t),近海方26隻(2万2910t)の合計45隻(5万2850t)で,条約の協定保有量はほぼ日本の新型潜水艦の就役量だった.
 したがってロンドン条約は,日本海軍補助艦の現有勢力をほぼ追認したものであり,ワシントン条約のように現有勢力の大幅廃棄を迫るものではなかった.

 だが,「艦隊派」の危機感と不満は大きな物があった.
 日本は米英よりも大きな削減率(12%,現実には老朽駆逐艦と旧式潜水艦の整理)を迫られたのに対し,アメリカは全体の削減率(8%)が低いばかりではなく,現有保有・建造中の物に加え,8インチ砲搭載の巡洋艦を5万t,6インチ砲搭載の巡洋艦も7万3000tを新たに起工できた.
 ワシントン会議以後の巡洋艦建艦競争で,量的に互角,質的にはアメリカを凌駕していると考えていた日本海軍にとっては,政治的にアメリカに抑え込まれたという意識が強かった.

 主力艦の「劣勢」を補うため,漸減の主役として建艦に励んでいた,61p魚雷搭載の大型巡洋艦も,対米6割に抑えられ,潜水艦増勢もままならないということで,日本海軍は,自らが一方的に作成した「漸減邀撃」作戦シナリオが反古になることに,大きな焦燥感を抱き,ロンドン会議以後,取り得る限りの手段を尽くし,既成プラン維持を図り始めるのである.

 詳しくは,山田朗著「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1),p.120-126を参照されたし.


 【珍説】
 戦前に
「今の時点でもう戦艦を作るべきではない」
という主張をしたら,下手すると外患誘致だな.
 まあ,病院に放り込まれるだけで済むと思うが.

日本史板,2006/04/24(月)
青文字:加筆改修部分

 【事実】
 開戦前でしたら,ちょうど艦隊派と航空派で今後の海戦のメインストリームはどちらになるかと熱い議論になっていたころでしょうね.
 日本海軍全体としては,太平洋戦争の前くらいに既に大鑑巨砲路線はほぼ放棄しています.
 戦艦主体ではアメリカのヴィンソン計画に数値の上で明らかに対処不能なので.
 ただ,鉄砲屋の派閥は主として残っていたので,真珠湾攻撃部隊みたいに戦艦の護衛の無い歪な艦隊が編成されたりと,大鑑巨砲主義は根強く残っています.

 当然あの時代にも軍ヲタはおりまして,その時代に軍ヲタがどのような話題で盛り上がっていたかをまとめたサイト
http://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/
があります.
 ここを読んでみた感想では,少なくとも航空主戦を唱えただけで外患誘致とか病院送りとかにはなりそうに無いですねぇ…
 つか,それで外患誘致なら,山本五十六以下,航空こそ主力になると信じている航空隊の一兵卒にいたるまで全員対象になってしまいますね(笑).

軍事板

 昭和15年に発売された一般向け航空雑誌に,似たような意見が掲載されています.
http://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/rekisi/gunkan_vs.htm
 艦隊と航空機のどちらが優勢かを一般人(当時の軍オタ)同士が熱く議論していますが,どうやら外患誘致罪にも病院送りにもなっていないようです(笑).

 それ以前に,外患誘致罪とは外国の軍を故意に自国内に誘引する企てを為した者,あるいは実際に行ったものに対して適用されるわけで,日本軍の軍政に関係も影響力も無い一般市民が航空主戦・戦艦不要論を唱えたところで,逮捕のしようがないですね.

 また,かなり先鋭的な意見ではありましたが,戦艦不要論(空母拡充論)は海軍の航空主戦論者の中にはありました.
 以上より,戦艦不要論が当時でも,非常に危険で異常な思想では無かったことが伺えます.

日本史板,2006/04/26(水)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ロンドン条約で統帥権干犯騒動を起こした加藤寛治って,何か功績があった人なのでしょうか?

 【回答】
 海軍兵学校(18期)首席卒.日露戦争時は三笠の砲術長.
 斉射法を独自で編み出した鉄砲屋の長とも言うべき存在.
 砲術家としては優秀だが,連合艦隊長官時代に過酷な訓練を課し,美保ケ関事件のような事故を多発させていたり,艦隊派として統帥権干犯騒動を引き起こしているので,軍隊の長としての能力は疑問符が付く.
 なお,その後は軍拡反対に鞍替えしている.


 【質問】
 海軍軍縮会議で東郷平八郎が反対派にかつがれて,反対派の筆頭になったというのは本当ですか?

 【回答】
 本当.
 谷口軍令部長は,ロンドン条約批准の為に奔走する.その際に尊敬する親しい間柄である東郷提督を訪ねて
『確かに,大正12年に決定した新国防方針に基づく兵力量には不足するが,航空機や条約で取り決めた艦艇以外の艦艇で補充すれば,十分足りえるものであります』
と進言するが,東郷は
『自分の実戦計画では,主力艦6割になってしまった今は大巡は8割は必要だ.
 其れが7割にもならないなら話にならん.
 航空機で補充するというが,其れは女で埋め合わせするようなものだ』
と言い,また
『大体,このような条約など結ばないほうが国の為になるし,海軍の為にもなる.陛下にもそうお答えするつもりだ』
と言ってきかなかった.

 東郷がこのように頑なになった原因には,秘書官的存在である小笠原長生予備中将の存在があった.
 神懸り的軍縮反対論者だった小笠原からの情報が唯一のパイプだと思われ,東郷がこのように頑なになったと考えられる.
 ただし,軍事参議官会議で条約批准の流れになった時は,已む無しの態度を取っている.

軍事板,2005/11/25(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 旧海軍の艦隊派と条約派の対立って,ロンドン軍縮条約以降も続いたんですか?
 また,他にも派閥などはあったのでしょうか?

 【回答】
 艦隊派と条約派の対立は,いわゆる大角人事で多くの条約派将官を追放できた時点で決着してます.
 艦隊派の首領たる伏見宮元帥のお墨付きがないと,海相に就任できない習慣も完成してますし.

 もちろん条約派の壊滅にまでは発展せず,山本さんや井上さん,吉田さんら「小者」は対象外でした.
 最後の砦となった米内さんについても,在学時から米内さんを高く評価していた藤田尚徳さんと,艦隊派の重鎮だった高橋三吉さんという同級生の出世頭が身を引いたおかげで残留ができたようなものです.
 あんだけ軍令部を強化した三吉姐さんが自ら身を引いた,ということは
「艦隊派の思惑通りの制度は作ったけれど,実行は阻止してくれ.その役は米内しかいない」
というわけで,身を引いてからの姐さんの関心は,対米戦回避に移ってる状態です.

 「派閥」の一つではありますが,古賀さんや豊田さんに代表される旧来の大艦巨砲主義者と山本さん以下の航空優勢主義については,海軍を混乱させるほどの深刻なダメージは与えていません.

 海軍を割る恐れがあった意見対立は三国同盟を受け入れたがる多数派と,拒絶するトリオを頂点とする少数派による同盟問題.
 開戦時は意外と混乱してません.
 威勢よく開戦をぶち上げる課長級の突き上げに,できたら避けたい部長以上が押し切られて開戦に至ります.

鷂◆Kr61cmWkkQ


 【質問】
 ロンドン条約における補助艦制限に対し,日本海軍はどのような対策を図ったか?

 【回答】
 (1) 補助艦の個艦性能向上(重武装・高速化)
 (2) 軍縮条約の制限外の戦力である水雷艇など600t未満の小艦艇の重武装化
 (3) 航空機の開発・生産
 (4) 軍艦・商船の,改装を予期した設計・建造
という諸方策を採ったという.

 (1)(2)
 600tに満たない水雷艇に,1000t級の駆逐艦並みの過重武装を詰め込んだことから,水雷艇「友鶴」が波浪により転覆,100人の死者を出す「友鶴事件」が発生.
 次いで,高速化=軽量化による強度不足から「第4艦隊事件」が発生.
 結果,この路線は断念ないし緩和されることに.

 (4)
 海軍は船会社に補助金を出し,大型商船建造に際して空母に改装可能なように設計・建造させた.
 また,大航続力を有する日本の潜水艦には必要性の低い艦種,潜水母艦も,空母に改造可能なように設計・建造され,水上機母艦は有事には「漸減」用潜水艇「甲標的」母艦に,さらには空母にも空母に改造可能なように設計・建造されていた.

 詳しくは,山田朗著「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1),p.126-を参照されたし.


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