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(画像掲示板より引用)


 【link】

D.B.E. 三二型」(2010/11/22)◆幻の大型機「富嶽」無線模型で「離陸」目指す

『九七重爆隊空戦記 新装版 サリーの防御はゼロだった』(久保義明著,光人社NF文庫,2011.5)

 陸軍予科士官学校(54期)から航空士官学校に入り,開戦が近い1941年6月に,97式重爆のパイロットとして飛行第14戦隊付きとなった著者の戦記.
 著者が所属する第14戦隊は,台湾に駐屯していたが,開戦後フィリピン,マレー,ビルマを転戦し,続いてラバウルそばのココポに派遣されて,ソロモン・ニューギニア方面の航空消耗戦に巻き込まれる.
 著者は,部隊がソロモンから転進した後,少ししてから転任し,浜松と福井県の三国で航空士官学校の教官として,終戦までを過ごした.

 割と長期間を教官として過ごした経験からか,教官時代自体の描写はそれほど多くないものの,搭乗員の育成や教育に関するコメントが,端々に見られ興味深い.
 一方,戦闘描写では,ソロモン・ニューギニア戦の困難さが際立つ.
 敵への爆撃のみならず輸送などの任務も行い,敵の爆撃を避けて,必死に機体の隠匿にめ,少ない機会を狙って,損害覚悟で出撃する任務が続く.
 圧倒的な数の敵を相手にして,こちらは補充が続かず,部隊の稼働機は,43年3月の派遣から11月の転進までで,4分の1程度に急落してしまっている.
 また,著者の世代はちょうど最も若い士官層であり,航空士官学校を重爆で卒業した同期90名余りのうち,1945年初頭の時点で生き残っていたのは,僅か十数名という状態だった.
 著者がニューギニアで輸送した軍司令官の参謀が,回想で
「戦況から見て,彼も勤めを果たして立派に散華していったことだろう」
と言っていたという,笑えないエピソードもある.

 基本的には,同じ部隊や戦場にいた兵士から指揮官までの回想録を,時には引用しつつ,真面目な記述が続く戦記だが,ペナンでのお休みやP-39との空戦といった,ちょっとほのぼのする話も少し混じっている.

 掲載されている写真では,爆撃中に上空から著者が撮影した2枚が興味深い.
 1枚には被弾し高度を下げる,僚機の重爆が写っている.

 著者は日本陸軍の爆撃機が,戦闘機などと比べて注目・評価されていないことを嘆き,特に大戦後半に活躍できなかったのは,搭乗員が原因ではなく,制空権や性能,補給や作戦計画といった要因が主因だったのだと主張する.
 著者の真面目さと陸軍重爆隊の苦境が伝わってくるような,この戦記を読む限り,その主張は頷けるものである.

-----------------軍事板,2011/12/25(日)

『九九双軽空戦記 ある軽爆戦隊長の手記』(土井勤著,光人社NF文庫,2001.2)

 最近引っ張り出してきて読んでるんだが,陸軍爆撃機隊の扱いの悪さってのは,九七重爆隊へのとまったく同様だよね.
 この本でも軽爆に対する無理解から,白昼攻撃で1個戦隊が丸ごと消滅したり,点滴のような意味ない物資投下に従事して,少しずつ確実に部隊が消耗していくさまが,見たままに書かれてる.
 やや自画自賛的な部分はあるものの,歩兵から転科した戦隊長として,指揮官の立場から書かれた回顧録は貴重だと思った.

-----------------軍事板,2011/12/25(日)

『陸軍重爆戦隊奮戦す 陸軍爆撃隊空戦記』(「丸」編集部,光人社NF文庫,2012.2)


 【質問】
 第二次大戦中の空戦についてですが,紫電改のような局地戦闘機や迎撃機で,B-29のような四発エンジンの大型爆撃機を迎え打つ必要がある場合,装甲の厚い爆撃機に対し,戦闘機が狙う場所はどの部分ですか?

 【回答】
 基本的に狙うのはコックピットか主翼の付け根とされています.
 このために海軍の昼間戦闘機隊などでは,直上方からの攻撃を主としていました.
 また,B-29は爆弾倉内に増加タンクを装備しているという情報が伝わったため,(実際は未装備)これを狙って後下方から斜め銃で爆弾倉を狙うという方法もとられました.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 鉄道網破壊は戦略上,戦局に寄与したの?

 【回答】
 そもそも,機関車,特に蒸気機関車は何で動くかというと,石炭(重油で動かすものもありますが,当時の社会情勢では,重油で動かすのは無理)が主要動力源になる訳で,その石炭は東京鉄道局管内に於て,一日2500トンが必要な訳です.

 線路やトンネルを破壊しても,其の手前まで物資は動かすことが可能ですし,軍の力を以てすれば,そこらの不要不急鉄道から資材を持ってきて,線路くらいなら数日程度の運休で,復旧可能になります(井の頭線が不通になったら,小田急線から線路を繋げて,小田急(当時は大東急ですが)や京急,相鉄などから電車や資材を持ってきて復旧させました).

 寧ろ問題は,電力不足による電車本数の削減,石炭不足,または石炭の品質低下に伴う機関車数の不足であり,空襲が間接的に日本の物流網の不安定化に貢献していることになります.

 別に鉄道網を破壊したからと言って,厭戦気分が広がるかと言うとそう言うことはありません.
 寧ろ,空襲が激しい都市部の方が「撃ちてし止まん」の思想が強かったりします.

 蛇足ながら,米国戦略爆撃調査団の「日本戦争経済の崩壊」という本から抜粋をしておきます.

「海上封鎖の結果,1943年初頭以来,沿岸輸送の益々多くの部分を鉄道輸送に切り替えざるを得なかった.
 この追加負担で既に負担の荷重に喘いでいた鉄道組織は一層脆弱性を増したのであるが,敵がこの弱点を突こうとする何等の組織的空中攻撃計画は立てられていなかった.
 1945年7月に1度だけ行われた航空母艦からの攻撃は,本州~北海道間の鉄道連絡船を襲い,12隻の連絡船の内,10隻が完全に破壊され,2隻に損傷を加えた.
 このため,北海道炭の本州向け積出しの30%がこれに依存していた連絡輸送能力は,82%方削減され,9ヶ月間も回復の見込みが付かなかった.
 其の他の銃撃や艦砲射撃では継続的な効果はなかった.
 都市攻撃の場合には小輸送に対して被害を与えたが,貨車輸送に対してはその輪転資材の破壊という点でも,また労働力の点からも大体無傷であった.
 都市爆撃の直接の効果としても,鉄道で貨物輸送が出来なくなったと言う様な事例は発見されなかった.
 物質的被害は僅少で,精々踏切番の小屋とか半%程度ばかり貨車溜まりがやられた程度に留まった.
 (中略)
 然し,1945年7月には戦略爆撃を鉄道に集中する計画が決定になっていたと言う事実は指摘しておかなければならない.
 鉄道を組織的に破壊するプログラムは出来ており,その第一回目は丁度戦争の最終日であった.」

眠い人 ◆gQikaJHtf2

(画像掲示板より引用)


 【質問】
 なぜ日本は4発重爆作んなかったの?

 【回答】
 日本は,陸軍は対ソ戦では基地から小型爆弾を搭載して,何度も反復爆撃が出来るものにするという傾向があって航続距離の小さな爆撃機で十分,という思想.
 海軍は長距離を飛んで,戦艦の土手っ腹に魚雷をぶち当てる為に,4発爆撃機を考えたが,高価で,見本にした機体そのものが失敗作だったため,性能が低く,飛行艇と大差ないために,結局頓挫.

 で,後にあわてて4発爆撃機を製作しているのだが,爆撃機どころじゃなくなって,途中で打ち切りになったわけで.

眠い人◆gQikaJHtf2


 【質問】
 日本が4発の爆撃機を作れなかったのは良く聞く話ですが,2式大艇なんかは4発ですよね?
 飛行艇の技術体系は爆撃機に応用が利かないくらい独特のものなのでしょうか?

 【回答】
 4発の爆撃機は作ってるよ.
 開発は遅れたし,量産も出来なかったけど作れなかったわけじゃない.
 2式大艇の川西に,4発重爆を作らせようという話出た.
 けど,強風水戦の陸上機化のほうが優先事項とされて,没になってる.

 日本の技術的に問題点があったのは,高高度用大馬力エンジン,与圧室,降着装置あたりといわれる.
 大型飛行艇のノウハウは役に立つだろうけど,右の3つの問題点は解決しない.
 飛ぶだけなら作れるけど,兵器として意味は無い.
 2式大艇は飛行艇としても特殊だし.

 あと,陸軍・海軍とも,用兵上で戦略爆撃機としての4発重爆を欲してなかったのも,開発が終わらなかった事情としてはよく挙げられると思う.
 海軍が4発の大攻を欲しがったのは,あくまで長距離雷撃機としてなので,運動性を要求したりする.
 無茶苦茶.
 1式陸攻も原案は4発だったが結局,双発になった.
 陸軍としても欲しいのは戦術直協機.

 しかも結局のところ,4発はエンジン4基必要という,根本的なところで日本にはきつい機体.
 生産面でも,整備面でも.
 4発機を運用するためには,4基のエンジン全てを健全に保たなければならない.
 仮にエンジンの稼働率を70%としよう.
 単発機なら10機中7機が出撃できると期待できる.
 これが双発機なら0.7×0.7=49%で10機中5機弱.
 4発ともなると,0.49×0.49=24%.4機に1機も出撃できないということになりかねない.
 深山も4基のうちどれか一つが毎日故障していて,飛行した日が少なかったって聞く.
 複数基のエンジンを使う飛行機というのは生産上も,運用上も難儀なシロモノなのよ.

 技術的にハードルが高くて,生産にも資源を食い,しかも飛行場設備やエンジン整備の関係で,運用上の制約があるとくれば,戦力として計算できるほどの完成度に達しなかったのも当然かと.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 二次大戦中の英米の重爆撃機の搭載量は5~10tはあるのに,日本軍機のそれが5tにもはるかに満たないのは何故でしょうか?(機体サイズは考慮しています.)

 【回答】
 日本陸軍航空隊の爆撃機は,大陸戦線で使われる様に考慮されており,前線を反復して攻撃すると言う思想で設計が為されています.
 なので,爆弾搭載量が少なくても,何度も往復すれば良いと考えられていました.
 また,目標も都市ではなく,陸軍部隊ですので,爆弾搭載量も小さいのを数多くばらまく形が理想的だった訳です.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2004/11/15
青文字:加筆改修部分

 海軍の1式陸攻等の場合は,陸上から敵艦隊への攻撃をする為に作られている為,長大な航続距離を求められたからです.
 搭載量と防御は無視して,です.

 尤も,発動機の馬力が低すぎて,爆弾をそんなに搭載出来ないと言うのもありますが..

軍事板,2004/11/15
青文字:加筆改修部分

 そもそも海軍機は英米爆撃機とあんま変わらんよ?

 一式陸攻(1410馬力エンジン×2基/自重7.0㌧) = 最大1,000kg

 B-25J(1700馬力エンジン×2基/自重8.8㌧) = 最大1,360kg

 一式陸攻なんかは,ペイロードを燃料に割いている(航続距離重視)のに対し,B-25当たりは爆弾搭載量に振り向けている.
 同じことがB-17とランカスターににも当てはまる.
(爆弾搭載量はランカスターが4倍以上も上.特殊型だと10倍近くに)

 ま,爆弾そのものの設計,つまり米の大戦型航空機用爆弾は,重量の割に全長が比較的短くて,日本の細長設計よりも同じ容積にたくさん積める,なんて事情もあるんだけど

軍事板,2005/01/17
青文字:加筆改修部分


 【質問】
「日本の20mmではB-17は落とせない」
と言われていたようですが,ならどうやって落としていたんですか?
 外地なので,高射砲の支援もろくに受けられないと思いますが・・・

 【回答】
 「落とせない」は大げさ.
 7.7mmのみの隼一型で,B-17落としたツワモノも居るんだから.
 もっともこれは,かなり希な例で,7.7mmでB-17を落とすのは,非常に難しいとされる.

 4式戦や3式戦20mm機銃装備型が登場するまで,陸軍には単戦で12.7mmより大きい機銃を装備する機体は無く,ゼロ戦の20mmを羨ましがっていたなんて話も.
 複戦なら2式複戦の37mm砲,20mm機銃があったけどね.
 個人的意見を言わせてもらえば,20mmならB-17に対して効果アリだと思うが.


 【質問】
 日本軍による
B-17初撃墜は,誰の戦果ですか?

 【回答】

 その実際につきましては,アジ歴C08051601300の13ページ参照.

 新郷大尉指揮の空戦で,坂井三郎氏も小隊長として参加している空戦ですが,B-17は共同撃墜になっていて,撃墜した可能性があるのは以下のメンバー.
 階級は略字なので違うかも知れません.

・豊田特務少尉:61発発射
・山上二飛:730発
・菊池一飛:570発,被弾2
・野沢三飛:725発
・和泉二飛:256発

 坂井小隊消耗弾薬は空白のものがありますが,
書いていない=消費なし(発射していない)
なのかは分かりません.
 例えば,7ページ.
 細かく殆どの人のが入っていますが,消費機銃弾は「無」って判子押されているのと空白と「不明」というのがあります.
 無と判が押されているのは,その理由が書かれています.
 坂井小隊の3番機の本多敏秋が空白で,1,2番機はしっかり弾を消費しています.
 どうも空白=消費無しとするのは断定できない気がします.

 13ページについては,共同撃墜の範囲を示していて,消耗数はまるめているんじゃないでしょうか.
 12ページだと総発射弾5042発になっているので,合計が合いません.

 12月10日は他にも大空戦がありますので,発射弾数確認や書類作業が追いつかなかったのかも知れません.

 他のページから察するに,20mmは両方で110発装填ですね.
 片方で55発にしているのでしょう.

軍事板,2010/05/19(水)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 B-17を2機同時に撃墜したのって誰?

 【回答】
 B-17,2機同時撃墜は,田中国義一飛曹.
 1機落としたら,後続機と背中合わせになり,プロペラでむしりあいながら落ちていったらしい....

軍事板


 【質問】
 「日本軍用機数 陸軍編」に収録されているインタビューで,檜興平氏がブレニム軽爆らしき機体を「ブレハイ」と呼んでいるのですが,ブレニムってそんなあだ名をつけられていたんですか?

 【回答】
 「ブレニム軽爆」は「Blenheim light bomber」であり,ドイツ語読みするとブレンハイム.
 ですからドイツ語読みに親しかった当時の日本で,ブレハイと略されるのに無理はないでしょう.
 むしろきちんと母国語読みでブレニムと読むほうが難しそう.
 しかしどこまでその読みがポピュラーだったかは不明.

 ちなみに,Blenheimはチャーチルの先祖の初代マールバラ公ジョン・チャーチルがスペイン継承戦争で勝利した戦場でドイツの地名.
 それを記念してマールバラ公爵家の居城はBlenheim Palaceと名付けられた.
 ブレニムはBlenheimの英語風発音.


 【質問】
 九九式襲撃機を引込脚化した機体はあったの?

 【回答】
 九九式襲撃機を引込脚化した機体はありました.
 瑞星を金星に換装したのと,引込脚を採用しただけで,他は九九式襲撃機と変らなかったのですが,最高速度は九九式襲撃機よりも向上しませんでした.
 むしろ,重量増加で離着陸性能は悪くなり,馬力増加と引込脚を収納するスペースのために燃料容積が減少して,航続距離が短くなり……と惨憺たる結果だったので結局,後継機は試作で終わってしまいました.

眠い人◆gQikaJHtf2,2006/06/19(月)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 九九双軽って何?

 【回答】
 九九双軽こと九九式双発軽爆撃機(キ48)は,1940年に制式採用された,川崎飛行機が開発した爆撃機です.
 対ソ戦を想定して,爆弾搭載量や航続距離よりも,戦闘機並みの速度と運動性能が重視され,主として敵飛行場において在地敵機を撃滅することを目的とし,敵地上部隊に対しては反復攻撃でこれを撃破するという戦術思想の元に設計されました.
 各型合計して1977機が生産され,太平洋戦争全期間,全域で使用されました.
 同機に関する戦記としては,『九九双軽空戦記』(土井勤著,光人社)があり,苦しい戦いの有様が数多く綴られています.

 【参考ページ】
http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln5/99soukei.html
http://military.sakura.ne.jp/ac/lily.htm
http://www.k2.dion.ne.jp/~bobcat/HTMLmemo/type99light.html
http://members.jcom.home.ne.jp/takeo.n/rikusha-8.htm

【ぐんじさんぎょう】,2009/6/11 21:00
に加筆

戦中に出版された航空機写真集,『世界の翼』(昭和17年7月発行/航空朝日編纂)表紙

よしぞうmaro' in mixi,2007年06月13日14:56


 【質問】
 100式重爆は,実戦での評価はどうでしたか?

 【回答】
 速力も防御火力も搭載量も,どれをとっても中途半端なあっしは,早々に端役へ追い立てられ,リストラされてしまいました.
 では居酒屋やってます.
 太田は新田寺そばの「呑龍」.
 近くへお越しの際はぜひお寄り下さい.
 銘酒「ハ109」など取り揃えております.

軍事板,2000/08/10(木)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 日本軍はイタリアから爆撃機(イ式重爆)を買ったけど,カタログ・スペックと比べて明らかに低い速度しか出なかったと聞きました.
 なぜなのでしょうか? やはりガソリンのオクタン価の違いでしょうか?

 【回答】
 速度ではなく,航続力に違いがあったと記憶しているのですが….

 イタリア機の品質管理にはどうしても甘いものがあったかもしれませんが(それでも,カプロニ・ベルガマスキCa135/P11より可成りマシ),陸軍では監督官をフィアット社に送り,1機毎に試験飛行に立ち会ったり,生産状況を視察したり,品質検査をするなど,可成り気を遣って領収しています.

 ただ,BR20の設計構造は,イタリアの技術水準に合わせた大まかで量産向きのものであり,操縦も重く,
完全主義者でデリケートな日本人乗員に違和感を持たれた上,ブーストを高めると燃料消費量が急激に増大するので,操縦者が発動機特性を飲み込んでいるか否かで航続距離が異なり,編隊で同一地点を爆撃して帰ってきても,各機毎に燃料の残量が非常に異なっていました.

 従って,作戦計画を立てる際は,最も燃料消費の多い機体を標準として作戦を立てる必要があり,燃料消費や補給の観点から,著しく作戦行動に掣肘を受けています.

 これは,陸軍が外国から配備されてもいない(試用はされていましたが)新型機を泥縄式に購入し,十分な試験飛行を行わない状況で実戦に投入したことが原因でありました.

 ちなみに,この機体購入には部品も含め,当時の金で6,000万円をつぎ込みましたが,3ヶ月間で20回出撃すると,もう,全力出撃が出来ない状態で,イタリア製の爆弾を切らすと,日本製の爆弾ではスペースに無駄が出来,軽爆程度の爆弾搭載量しか無かったそうです.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2004/12/30
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 日米開戦以降の日本陸軍は,軽爆の開発に積極的ではなかったのですか?

 【回答】
 日米開戦直前に九九式双発軽爆撃機の性能向上を図っています.
 但し,装備予定のハ115の製作が遅延したため,完成は1942年1月とずれ込みます.
 それから試作試験をして,1年後の1943年2月に正式採用が決定しました.
 ちなみに,その間に,爆弾搭載量の過小,自衛力の貧弱さから,襲撃機で十分という意見もありました.

 その試作中に,キ66試作急降下爆撃機が設計,製作されています.
 こちらは,1942年11月に第一号機を完成しており,1943年2月から実用試験が開始されました.
 しかし,最高速度は九九式双発軽爆撃機と大して変わらないため,ハ315に換装した性能向上型を製作しようとします.
 ところが,キ66の急降下ブレーキを装備した九九式双発軽爆撃機が完成し,50度程度の急降下爆撃に使用できるので,これで十分と言うことで,開発は中止されました.

 最終的には襲撃機と一本化され,キ102系列に昇華しますが,設計,試作段階になったものは他に,キ70(司令部偵察機に軽爆撃機装備を施す),キ119などがあります.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2005/09/28(水)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 キ67は雷撃を行うことが可能だった爆撃機として有名ですが,爆撃のほうはどうだったのでしょうか?
 キ21やキ48もあわせてお願いします.
1.急降下爆撃が可能
2.緩降下爆撃が可能
3.水平爆撃しか行えない

 【回答】
 キ67は急降下は出来た様ですが,急降下爆撃が出来たか,またやったことがあるのかは不明です.
 キ21は,丸メカニック編集部の記述でも
「九七重爆は急降下をしない(はずの)」
とあるので,対ソ戦を想定していた陸軍は急降下爆撃は軽爆と考えていたのかもしれません.

(軍事板)

 乗員の手記では高度3000mから500mまで急降下して投弾したとの記述もあるから,ある程度の降下爆撃は出来たと思う.
 キ67は,新装備の電波高度計での低空飛行で敵のレーダーを避ける戦法が主流だった様だったし,もはや大編隊での雄々と爆撃にはいかない戦況だったようだ.

軍事板,2005/11/01(火)
青文字:加筆改修部分

 日本陸軍の爆撃機で急降下爆撃が可能なのは,単発ではキ30,キ32,そしてキ51があります.
 双発実用機ではキ48-II(試作ではキ66がありますが)しかありません.
 キ48-IIの場合は,当初60度の急降下が要求されましたが,ドイツのJu-87の実戦記録では50度程度であることが判明し,同程度の急降下を行う様に実用機では変更されました.

 緩降下爆撃が可能なのは,キ48-Iですね.
 キ21は水平爆撃しか行えません.
 このため,キ67ではその戦訓を踏まえて,当初は急降下爆撃も可能な様な仕様が出されましたが,試作機で問題が生じ,種々対策を施した結果,急降下角度は35度以下に制限されました.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2005/11/01(火)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 陸軍四式重爆「飛龍」(キ67)を,日本陸軍はどう評価していたのか?

 【回答】
 古峰文三によれば,後世では最重要機種の一つであるかのごとく印象付けられているが,当時の陸軍にしてみたら
「兵器搭載量,防弾ともに不十分」(同時期の海軍の陸爆「銀河」は13ミリ用防弾タンクを装備してるのに,「飛龍」は7.7ミリ用防弾タンク)
「防御火器の配備法が旧式」(側面のブリスター型銃座は高速飛行時では操作が困難)
「航空戦の実情にそぐわない」(前線からは「航空撃滅戦にはB-24級の大型重爆でないと無理」と報告されている)
などの理由から,43年末まで比較的冷淡だったそうです.
 日の目を見れたのは,米艦隊の来寇を迎撃する「陸軍雷撃隊構想」のおかげだった,とのこと.

 詳しくは学研『歴史群像』No.87を参照されたし.

グンジ in mixi,2008年01月26日16:02


 【質問】
 陸軍の爆撃機で最高傑作機と言われている四式重爆撃機「飛龍」ですが,資料をみても運動性の良さや,防御火力の充実さは載っているのですが,防弾や消装置に関しては詳しく載っていないのですが,従来の陸軍の爆撃機と比較して,どの程度向上していたのでしょうか?

 【回答】
 当然,操縦士などに対する保護のため,防弾鋼鈑を装備していますし,防弾ガラスも装備しています.

 また,航続距離の要求性能に関しては,胴体内燃料槽だけで完結できる状況にあります.
(と言いつつも,翼内に左右各4個の燃料槽を設けていますが)

 その翼内の燃料槽は,万が一ガソリンが漏れても,機内に溜まらない様に,翼内燃料槽は下面を主翼外板と兼ねさせて,漏れた場合も機外に逃すようにしました.
 また,胴体内燃料槽については,装甲板と分厚いゴム被覆で一気にガソリンが放出しない様になっています.

 被弾時の修理に関しても,外翼燃料槽は,機外からビスを外せばそのまま下方に落ちる様になっており,胴体内燃料槽も外板のビスを外せば,直ぐに抜き出せるようになっています.
 また,発動機架も発動機を付けた状態で外すことが出来,機体各部についても,予備部品や他機のものと交換が容易なよう,特殊結合金具を用いています.

 他にも,従来の非対称な操縦席では密集編隊を組むのに不利なため,正副操縦士席の機器配置を完全に同一配置とするなど,従来の爆撃機に対して,思想的に異なっており,敵の優勢下での爆撃任務が可能な様に設計仕様が組まれていたわけです.

眠い人◆gQikaJHtf2,2006/08/24(木)


 【質問】
 重爆撃機「富嶽」は本当に実現不可能だったか?

 【回答】
 富嶽については諸説あり,そもそも一般的に知られている六発超重爆撃機は単なる試案の一つと言う説もある.実際に試製「富嶽」として開発要求が出された時点では,4発高速爆撃機としてだったという話もある.
 ハ54にしても一応試作されて,戦後羽田だかで地中に埋められてたのが発見されたが,上記の試製「富嶽」では排気タービン付き2500馬力~3000馬力級エンジンを搭載する事になっていた・・という話もある.
 曖昧な書き方ばかりで申し訳ないが,実際の所「富嶽とはこんな飛行機」と言えるほど中身が具体化するまで計画が進まなかったんだよね.

 巷で良く言われている「富嶽」とは,実際に計画されたものではなく,中島が考えた究極の決戦機「Z飛行機」を「富嶽」と捉えて語られている場合が多い.
 まあ,Z機の発想が元で「富嶽」が計画されたのは確かだが.

(軍事板)

♪いろんな「富嶽」があるんだね いろんな試案があるんだよ
faq01k10.jpg
faq01k10a02.jpg
faq01k10a03.jpg
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 ぶっくましておいてなんだが,本当に平和なのか怪しい気がした.
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=11701863

2010年07月05日 22:34,あっとさせぼ

 【回答】
 基地で積み込むとき,整備員が羨望の眼差しを.

2010年07月06日 07:41,ゆずこせう

 発電所や工場地帯くらいなら,これで機能停止できるのでは・・・

 あと,航空基地の滑走路に撒くとか.
 洗浄するにしても時間かかりそうだし,しばらく航空兵力を無力化できる気がす.

2010年07月05日 23:04,inn

 変な虫が大繁殖して,Fuck!!コールが起きそう……

2010年07月06日 05:27,ぴぴぷー

 仰せの通り,滑走路は恐らく使用不能に…
 見学の終わりに,一列横隊で異物の点検をしたくらいですから…

 あと,こんなゲロゲロな事案も.

――――――
http://www.sinzirarenai.com/japan/sdf2.html

 折りしも成田空港建設反対闘争の頃,視察のため滑走路を走っていた警察公用車が,突然スリップし,ブレーキを踏むや否や,氷上を滑り始めたかのようにコントロールを失って,前後に並んで走行していた2台の公用車が,あやうく激突してしまいそうになったことがあった.

 ようやく止まった車から,中の人間が降りようとしてみると,滑走路は,真っ赤に湿ったグニャグニャの絨毯のようなものに一面覆われている.
 成田空港の建設地はもともと,地味肥沃で湿った黒土の落花生名産地であり,よく肥えたミミズの一大生息地だったのである.

 そこに長さ4km,幅200~300mの巨大なコンクリートのマナイタのような滑走路をはめ込んだため,それまで地中を自由に横断していたミミズの大群が,群れを成して滑走路上に這い出し,向こう側に横断を試みて滑走路のそこらじゅうにうごめいていたのだった.

 滑走路は一面ミミズの帯.
 車の通った跡は,ひき潰された何万匹ものミミズのミンチが数百m続いていた.

 …結局,陸上自衛隊の火炎放射器を用いて民族大移動にのたくっているミミズの大群を一斉焼殺.
 ひき潰されたミミズの山と火炎放射器の炎,ミミズが焼ける悪臭のこもった煙.
 さぞ嫌な光景だったことだろう.
――――――

 上記は,佐々淳行氏の著作から引用されたものの孫引きです.

2010年07月06日 07:44,クローム・ツァハル

 小海線だったか,秋になるとムカデだかヤスデだかが発生して,列車が空転して困る路線があったような.

2010年07月06日 08:36,井上@Kojii.net

 ヤスデによる線路大横断で,運転見合わせになる路線も昔あったらしいですが,今はどうなんだろう?

2010年07月06日 09:34,バルセロニスタの一人

以上,「軍事板常見問題 mixi別館」より
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 恐れ入ります.全くの素人なのですが,ある墜落事故の情報が知りたいのです.
 太平洋戦争開戦前(または始まっていたかも)ドイツから密かに日本に持ち込まれたドルニェ双発爆撃機が日本近海でテスト飛行中に墜落したということについて,何か情報が無いでしょうか?
 祖父(故人)が乗っていたらしいので,そのときの状況を知りたいのです.

 【回答】
 Dornierの機体は,ごく初期のものを除き,日本には輸入されていません.
 お尋ねの機体は,Junkers Ju-88A-4だと思います.

 1940年,双発急降下爆撃機の研究用に,日本海軍がドイツに3機発注したもので,封鎖突破船によって,1機が輸送されましたが,それ以上の輸入は見送られました.
 この機体は横須賀で組み立てられ,飛行試験を行う予定でしたが,1回目の試験飛行の際,行方不明になりました…くらいしか記述はないですね.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2006/01/07(土)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 太平洋方面での米軍の陸上爆撃機(B-29除く)の損害を教えて下さい.

 【回答】
All Theaters Total Loss ― 41,575
Europian Theater of operations ― 17,082  
Mediterranian Theater of operations ― 10,612
Pacific Ocean Areas ― 1,394   Far East Air Forces ― 7,229
China & India-Burma ― 3,289   Alaska ― 492 
Twentieth Air Force ― 651   Other Overseas ― 826

http://www.au.af.mil/au/afhra/wwwroot/aafsd/aafsd_pdf/t100.pdf
Table 100 - Losses of All Types of Airplanes overseas,
By Theater and By Type of Loss: 1941 to 1945.....Page 186

軍事板,2005/01/02
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 東洋戦線では,ウェリントンやランカスターなど英軍の爆撃機はどの程度投入されたのでしょうか?
 また,英軍機の中でアジアで爆撃任務に就いたのは,重爆よりモスキートやブレニムなど軽爆の方が圧倒的多数だったのでしょうか.

 【回答】
 大戦初期には,Blenheim爆撃機などの軽爆撃機の方が機数的には勝っています.
 例えば,Blenheim Mk.IVは,第11/34/39/45/60/84/113/211の各スコードロンに配備されていましたが,Wellington爆撃機は,第99/215の2個スコードロンにしか配備されていません.

 中期以降ですと,援英機が充当されてきます.
 但し,インドなど東南アジア戦線では,運用環境が過酷なため,Mosquitoは偵察機バージョンが1個スコードロンだけ配備されたに過ぎません.
(豪州空軍配備機は除く)
 また,英国空軍機は航続距離が短く,軽爆撃機では奥地までの爆撃が出来ないため,軽爆撃機は一部を除いて姿を消し,代わってThunderbolt戦闘機やMustang戦闘機と言った戦闘爆撃機型が投入されています.

 一方,純然たる爆撃任務については,これまた英国の重爆撃機では航続距離が短いため,Lancaster爆撃機の長距離型が開発されていましたが,大戦に間に合いませんでした.
 これをカバーしたのが,B-24の英国型Liberatorで,第8/99/159/160/203/215/231/321/354/355/356/357/358の各スコードロンに配備されています.

(眠い人 ◆gQikaJHtf2)


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