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 【link】

「2ch.軍事板」◆(2004/12/02〜) 待ち伏せてヨシ! 駆逐戦車総合スレッド 4輌目
 回収すべきレスなし

シェルのオフタイム
WW2 AFV模型


 【質問】
 この当時の戦闘車両の区分が分かりません.

 【回答】

 戦車  キャタピラで動き,車体の上にぐるぐる回る砲塔がついてるのが戦車.

自走砲  対空砲,対戦車砲,榴弾砲,歩兵砲等を戦車やハーフトラックの車台を流用して自走化したものの総称.
 自走榴弾砲や自走対戦車砲など目的に応じて様々なタイプが作られた.
 オープントップのものや前・側面を装甲板で覆った程度の薄い装甲しかされていないが,重装甲のものもある.
対戦車自走砲  対戦車砲を積んだ自走砲.
 マルダーやナスホルンなど.
突撃砲  突撃砲はドイツ軍独自の分類.
 戦車と違い旋回砲塔がなくて,車体にカーゼマットという装甲された戦闘室を載せ,そこに主砲を据え付けたのが突撃砲.
 基本的に歩兵砲を装甲・自走化したものであり,歩兵部隊の火力支援を任務とし,運用は砲兵が行う.
 V突など低車高で隠密性を高くしている.
 旋回砲塔がないぶん,生産性がよい.
駆逐戦車  突撃砲と構造は似ているが,対戦車戦闘のためより強力な砲と防御力を備えている.
 突撃砲が対戦車戦闘にも活躍したため,突撃砲の形式(カーマゼット)で対戦車戦闘を主体とする駆逐戦車が生まれた.
 駆逐戦車は同じ車体を使っても戦車より大口径の火砲を搭載出来たので,旧式化した戦車の製造ラインを振り替えて生産される事が多かった.
 ただし重量は主力戦車に比べて重く,また,旋回砲塔がないため接近戦では不利.
 よって待ち伏せ攻撃で威力を発揮する.
 運用は装甲兵が行う.
 現代ではATMを装備した戦車駆逐車が見られるくらいである.

自走砲
(画像掲示板より引用)

軍事板,2004/05/03
&軍事板,2005/01/13(黄文字部分)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 突撃砲と駆逐戦車は,どういう点で区別されるんですか?

 【回答】
 ドイツ軍では戦車は装甲科(戦車兵)が運用し,突撃砲は砲兵科(砲兵)が運用していた.

 突撃砲は元々,トーチカなどの攻撃用に砲に自走能力を持たせ,敵の対戦車砲に対抗できる装甲を施したものというコンセプトで開発された.
 砲撃後に歩兵と共に行動して,生き残った火点,トーチカ等を随時攻撃するために作られた.
 対戦車戦は,三号戦車では分が悪いT-34などに対抗するためにやるようになった,後付けの任務.
 そのため,突撃砲は砲兵装備.
 実際,乗員はみな砲兵隊から選抜されて,機甲教育を受けた.
 そのせいで要員教育に余計な時間がかかり,部隊の編成が遅延したりしている.
 武装親衛隊だけは最初から戦車搭乗員が乗り組んでいた.
 結局,戦争の中盤からは戦車部隊に戦車の穴埋めとして配備される事がもっぱらだったので,国防軍でも戦車兵が乗っているのが殆どだけど.

 駆逐戦車は,旋回砲塔を諦める代わりにより大口径の主砲を搭載し,大戦後期の強力な敵戦車に対抗しようとしたもの.
 上述したように戦争中盤以降,対戦車戦闘が突撃砲の主任務になると,装甲科の将軍たち(グデーリアンなど)は,戦車と同じ運用をする突撃砲は装甲科に編入しろと主張.
 だが,砲兵科の将軍たちは,突撃砲を「砲兵に騎士十字章をもたらすもの」として手放したがらなかった.
 そのため,装甲科向けに新たに作られたカテゴリーが駆逐戦車.

 このように,この二種は結果的には同じようなものになったが,開発の経緯は異なっている.

 ちなみに突撃砲はドイツ軍独自の分類.

突撃砲(うそ)
(画像掲示板より引用)

unknown
軍事板,2005/01/13(黄文字部分)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ド・ゴール等一部の将軍以外,戦車は歩兵の補助的な役割に過ぎず,戦車VS戦車は想定されてなかった云々が当時の常識?だったとのことですが,かといって前線に戦車が来たら歩兵じゃどうしようもない訳で,
『だったらこっちの戦車ぶつけたら良いんじゃね?』
とかならなかったんでしょうか?
 戦車は砲兵だけで対応する物という考えだったんでしょうか??

 【回答】
 WW2直前〜最初期ですが,砲兵の直接射撃と言う手段で対抗しています.
 戦車も対戦車ではなく,歩兵とともにというのが当時の主流なドクトリンでした.
 基本的に,分業と言う都合のいい方法を考えてたんですが,戦車の機動力が上がり,砲兵の展開速度が間に合わないので結局,戦車対戦車へと進んでいきました.

 また,戦車は攻撃に集中投入するもんです.
 敵地に殴りこめることこそが戦車が戦車たる所以です.
 ドイツでは戦車が貴重なので,防御に使うことや対戦車戦闘をあまり重視しない傾向がありました.
 戦車部隊の対戦車戦闘さえ,随伴させた対戦車砲が主体でした.
 西方戦役のロンメルの88mm砲の話も,戦車を勢子として使い,対戦車戦闘は火砲主体で組んでます.
 アフリカ戦でも同じような傾向がありました.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 対戦車自走砲・駆逐戦車は防御専用なの?

 【回答】
 対戦車自走砲・駆逐戦車の類は攻撃には不適と言われてる.
 文字通り,自走する対戦車砲として捉えた方が適切じゃないかな.
 機動防御に使うにしても,無砲塔・限定旋回では使い勝手がかなり悪いだろうし.
 ドイツ軍でも戦車大隊と駆逐戦車大隊は基本的に別物扱いだと思うよ.

 ただし,戦局が悪化するに従って,戦車の不足が問題になって,駆逐戦車・対戦車自走砲が戦車連隊,大隊に装備することが認められたりしてる.
 戦車が必要とされるような反撃(反攻)作戦を実施する余裕がなくなってきたのも,理由の一つだろうね.


 【質問】
 対戦車自走砲は,どの程度,戦車に対抗できたの?

 【回答】
 対戦車自走砲の戦闘は,地形を利用して自らを隠蔽することとカムフラージュを厳にすること.見つかる前に撃ってすばやく後退するのが基本.
 見つかったらやられる確率が高くなります.

 とはいえ,やはり装甲のきわめて薄い対戦車自走砲での戦闘は厳しく,今月の「グランド・ワー」誌の記事によると,同規模の突撃砲部隊と戦車猟兵(マーダーV装備)の戦果と損害を比較すると,明らかにオープントップで装甲の薄い戦車猟兵のほうが損害が大きく,また戦果も劣っています.
 結論として,より対戦車戦闘能力の高い突撃砲を,多く配備したほうがよいとされていますね.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE :軍事板,2007/05/22(火)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 重戦車とか軽戦車はどうやって区別するんですか? 重量?

 【回答】
 重量や用途で区分します.

 旧日本軍の類別では,
*装甲車→5トン未満  牽引用・パトロール・偵察
*軽戦車→5〜10トン  偵察・戦闘
*中戦車→10〜20トン  歩兵支援・戦闘
*重戦車→20トン以上  (日本では量産配備はなし)

 もっとも,チト車やチリ車は分類は中戦車でも20トン超えているんですけどね.

 諸外国では重戦車とは堅固な防御陣地の突破と中戦車に対する火力支援, 後には対戦車戦闘をも考慮した大型戦車のことを差しています.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE :軍事板,2004/11/24
青文字:加筆改修部分

 ちなみに第二次大戦の代表的な中戦車であるソ連のT-34の76mm砲搭載型が重量約30t.(85mm砲搭載型で約32t)
 それに対抗してドイツが作った中型戦車であるパンター(75mm砲搭載)が約44t.
 ソ連が戦争後半に使った重戦車JS-2(122mm砲搭載)が約46t.
 ドイツの重戦車ケーニヒスティーガー(88mm砲搭載)が約68t.
 ……とまあ,国によってこれだけ差があるわけで.

軍事板,2004/11/24
青文字:加筆改修部分

フランスの重戦車 B1
(画像掲示板より引用)


 【質問】
『東部戦線の独ソ戦車戦エース』(マクシム・コロミーエツ著,大日本絵画,2009.4)
,ソ連側に甘いの
 同じ著者の一連の本を見ても,特に贔屓してるようにはみえんかったけど.

 【回答】
 全体の構成として,第一部ドイツエース→第二部ソ連エースと話が進むのだが,「戦果の信憑性」から始まる一連の戦果に関する考察は,第一部の後半に入っていて,ドイツ側の戦果主張に関する疑問と批判が,数々の引用に補強されて十数ページにわたっているのに対し,ソ連側については一般論が一段落十数行で述べられているのみ.
 しかもなぜか期間を,43年から45年に限定.

 第二部でもソ連側の戦果誇張については多少触れられるが,ドイツ側に対するほど追及は徹底的でない.
(ドイツ側では頻繁に「プロパガンダ」という表現が使われるが,ソ連側では皆無)

 ただし著者が,その疑問と批判によって,(少なくとも1944年以前における)ドイツ戦車と乗員の優秀さをを否定しているわけではない.

軍事板,2010/01/22(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 独ソの戦車の戦力比は?

 【回答】
主力戦車 独ソ比率 3:7
ドイツ    計29500両
三号戦車 約15000両
四号戦車  約8500両
パンター  約6000両

ソ連    計64500両
T-34/76 約35000両
T-34/85 約29500両

駆逐戦車 独ソ比率 4:1
ドイツ     計13670両
三号突撃砲   7720
四号突撃砲   1111
ヘッツァー     2827
四号駆逐戦車  804
四号戦車/70(V) 930
四号戦車/70(A) 278

ソ連  計3725両
SU-85  2050
SU-100 1675

 数の上でドイツ機甲戦力の主力であったのは,7.5cm長砲身(Pak40系戦車砲KwK40,43口径75mm砲)を搭載した四号戦車F後期〜J型.
 これが各型合わせて7347両となり,終戦までドイツ機甲戦力のワークホースとして戦った.

 また,中戦車と駆逐戦車/突撃砲を合わせた場合の独ソ比率は,約4:7と差が縮まる.
 戦車以外の火力も機甲戦に用いる事で,数の上で拮抗しようとしていた様子が良く分る.
 主力だった四号F型以降と同じ43口径75mm(StuK40)を搭載した三突の長砲身(F〜G)型が7000両を超え,主砲が同じ四突を加えれば8000を超える.注:ヘッツァーと四号駆逐戦車の搭載する7.5cmはPak39系の48口径.

 四号及び三,四号突撃砲の合計1万5千を超える75mmL43砲が,ドイツ機甲戦力の中心となって戦線を支えたと言える.

 対するT34は30.5口径76.2mm砲の40年型,41.5口径76.2mm砲の41年型,51.6口径85mm砲の43年型,54.6口径85mm砲の44年型と,止まる事なく順次砲を増強しており,43口径75mmでは砲力で優越出来ない状況になっていく.

 このギャップを埋めるべく投入されたのがパンター,四号/70(V&A)等の持つ超長砲身,70口径7.5cm砲だった.
 しかしT34/85が三万両に迫る一方,パンター他で7000両しか無かった.
 T34/76と75mmL43では各種突撃砲,自走砲を動員し2:1に近付いた比率は,T34/85と75mmL70では4:1にまで広がる.
 T34/85が登場した43年末の冬季以降,東部戦線ではドイツ機甲戦力は徐々に守勢に回る事になる.


重戦車 独ソ比率 1:4
ドイツ 計 約2145両
ティーガーI 1354
ティーガーII 約800

ソ連 計 約8100両
KV-1+2+85 約4600
IS-2+IS-2m 約3500

重駆逐戦車 独ソ比率 1:7
ドイツ 計 約600両
ヤークトパンター 415
フェルディナント  90
ヤークトティーガー 82(〜100?)

ソ連
SU-152/ISU-122/ISU-152 計4075

 重戦車,またそれを上回る火力を持った重駆逐戦車で見ると,合わせて1:4の割合で,重装備では圧倒的にソ連機甲戦力の方が多かった.
 これらの重装甲戦力に対しては,パンターでもアウトレンジは厳しい.
 特にJS-2の重装甲と砲力のバランスは素晴らしく,ティーガーの56口径8.8cm戦車砲(8.8cmFalk系のKwK36)でも正面からでは優越できず,71口径という超長砲身型の8.8cm(Pak43及びKwK43)が必要とされた.
 しかし,これを積んだティーガーIIとヤークトパンター,フェルディナントは,3種を合わせても1300両が造られたに過ぎない.

「常に数で優越するソ連機甲戦力を,常に性能で勝るドイツ機甲戦力が止めた」
という認識は一面で真実であろうが,大きく見るとむしろ
「数でも火力でも,ドイツ機甲戦力はソ連機甲戦力に対して劣勢だった」
とした方が正解に近いのではないだろうか?

 東部戦線がモスクワ寸前で膠着して以降,T-34/76を繰り出して反撃に転じたソ連機甲兵力の正面に有ったのは,50mmしか持たない三号であり,短砲身75mmしか持たない四号であった.
 この時点でパンターが投入されていれば,確かに東部戦線の様相は違っていたかもしれない.

 現実には長砲身化された四号と重戦車ティーガーの投入で一時火力で上回るも,それに対してT34/85が生み出され攻勢をかける.

 パンターが投入されたのはその後であり,大量生産に成功したT34/85に対し,パンターは常に数において大きなハンデを背負って戦う.
 更にJS-2が投入されるに至って常に火力で劣勢となり,ティーガーIIが生れた時には西部戦線との二正面作戦により更に数で劣った.
 加えて米英の戦略爆撃で,重装備の生産はたびたび滞る.

「数において常にソ連を下回り,火力において時に拮抗するが,多くの時点ではこれも常にソ連に対し劣っていた」
というのが東部戦線ではないだろうか.

 火力に劣るドイツ戦車が多くのエースを生み出しているのは賞賛に価するが,一部の重戦車,また超人的な戦車乗りに頼っては到底覆せない「大きな差」が有ったと見るべきだと思うがどうだろう.

軍事板


 【質問】
 「萌えよ戦車学校」で思い出したのですが,「鋼鉄の少女たち」に出てくるような,女だけの戦車部隊ってあり得るんですかね?
 小柄な人間が戦車兵に適してるって言っても,砲弾の運搬とか砲塔の旋回とかの力仕事が女性に務まるとは思えないんですが,やっぱりファンタジーなんですかね?

 あと続巻は何時になったら(ry

 【回答】
 第二次大戦中のソ連で疎開した工場でT-34作ってたたくましいオカンたちが,ダンナや息子・娘がいる前線に,自分で造った戦車送り届けた輸送部隊が在ったそうな.
 スターリングラードだかどこだかで,遭遇戦でドンパチやった五人の子持ちオカンな工員(前線に戦車輸送してた臨時車長)が,表彰されてたと思う.

 ただ,ぶっちゃけた話,前線任務に男性に比べるとどうしても体力的に劣る女性を,好んで使う必然性は全く無い.

 続きは出ない.

軍事板,2007/05/28(月)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 独ソ戦車の性能差,圧倒的だったの? 数の差はでかいし,稼働率悪いけど,カタログスペックでは….
 むしろ,蹂躙された原因はドイツ側のちょんぼの積み重ねでは? 

 【回答】
 たしかにチョンボもある,
 国力で遥かに劣るドイツがソ連に勝利するには,先制攻撃と電撃戦あるのみだった.
 しかし,結果は敗退,電撃戦は当初の目的を果たせず,手に入れた領地を死守するうちに徐々に追い詰められ,冬将軍が到来し消耗,国力の差を見せ付けられることとなった.
 だがソ連側も似たようなもの.
 負けた将校は粛清され,死守命令や「攻略しなければ銃殺」なんてこともしょっちゅう.

 しかし主力戦車の性能差は歴然としていた.
 ドイツ軍の主力は四号戦車,ソ連軍はT−34,
 そのほかのことを考えても,ドイツ軍は三号や四号ばかりで,一部国民擲弾兵が混じっているような部隊.
 一方ソ連軍は
整備は万全,
大戦後期では練度においてもドイツ軍の平均以上,
おまけにT−34,KV-1(この時点でも数で圧倒,性能で有利)などの中戦車が大量に配備されている.
 これらに対抗してドイツでも豹や虎・象も製造されたが数は多くなく,稼働率は低い.
 おまけに虎狩のためにスターリンII型,JSU−122などの重戦車・自走砲は製造され ,ドイツの重戦車は一部の伝説的な活躍を除き,先に述べたように練度で勝るソ連軍に狩られていった.

 また,カタログ・スペックのことだが,整備性・機動力では平均してドイツ軍より上.
 逆にドイツ軍戦車のほうが,過大評価される傾向にある.
 伝説的な話ばかりが聞こえてくるから無理もないが,実際はひどいものだった.
 戦車兵の練度は日に日に下がり,戦車は日に日に動かなくなる.
 だが,一部の戦車が驚異的な撃破スコアを弾き出すたびに,ドイツ軍戦車の名声は高まる.
 これを鵜呑みにしたソ連軍は,大戦初期,ドイツ軍の虎や豹を見ると,すぐさま逃げ出してしまったが,中期以降は4両のT-34で一両の豹,ないし虎を叩くことで,せいぜい1輌程度の被害で撃破できるまでになり,あまり脅威でもなくなっていた.
 ソ連の戦車もカタログ・スペックの可能性はある(むしろ過小評価されることのほうが多いが)
 しかし,ドイツ軍戦車は,ソ連の戦車よりはるかにカタログ・スペックだったともいえる.

名無し上級大将 ◆80fYLf0UTM;
FAQ BBSに転載

独ソ戦におけるドイツ軍4号戦車


 【質問】
 戦車が「撃破」される場合ってどんなパターンがあったのですか?
 手元の本「バラトン湖の戦い」を見ると,4号やパンターは焼け焦げたり,砲塔が吹っ飛んで見るからに「撃破された」状態なんですが,待ち伏せした対戦車砲に側面抜かれた王虎なんかは,側面に小さな穴が開いているだけで,ぱっと見では普段どおりに見えます.
 この場合,王虎は修理して再利用できたんでしょうか?
 また,乗員は生きて脱出できたんでしょうか?

 【回答】
 大雑把に言えば
1)砲塔や戦闘室内の弾薬が誘爆.
 四号やT-34なんかはバラバラに近い状況になる場合が多いが,頑丈なティーガーなどの重戦車は原型を留める場合が多い.
2)装甲を貫徹した徹甲弾や飛散した装甲板の破片,成形炸薬弾のメタルジェットなどで乗員が殺傷されるか脱 出する.
 後で回収されれば修理できるかもしれんが,飛び散った肉片や血痕で汚れた車内を清掃しても臭気がえらいことになる場合もある.
3)変速機やエンジン,履帯などを破壊され戦闘不能になったので放棄.
 これも回収できれば再使用可能の場合もある.
4)燃料タンクやエンジンを破壊されて火災を起こす.
 弾薬が誘爆すれば(1)と同じ状況だし,原型を留めていても高熱により装甲が劣化したり機器が燃えてしまうので修理不可能になる場合が多い.
5)経験不足の乗員が撃たれたショックでパニックを起こし,戦闘可能なのに脱出して放棄.
 小銃で撃たれただけで,戦車を捨ててしまった例もあるとか.

 ドイツの戦車兵の手記を読むと,軽微な故障でも走行不能となるとあっさり戦車から脱出するケースが多い.
 車内にこもって敵戦車に狙い撃ちにされたり,歩兵に手榴弾を投げ込まれるよりも,さっさと逃げて再起を期した方がましって感じだな.
 近くに潜んで,敵兵がいなくなったのを見計らって修理に戻ったという話も多いが.

 WW2ソ連の戦車にはそういった戦車を再利用する為に,車体底部に車内清掃用のシャワー取り付け口が付いてる.

軍事板,2005/11/19(土)
青文字:加筆改修部分

 パンターには上部のコマンダーキューポラの他,砲塔後部に円形のエスケープハッチ(砲弾の搬入にも使用)がある.
 これを使って砲塔内のクルー三名(車長,照準手,装填手)が脱出する.
 車体前部の操縦手,無線手にはそれぞれ専用のハッチがある.
 しかしパニックになって我先に脱出しようと邪魔しあってでられなかったり,ハッチが歪んで開かなくなったりということはままあった.
 三号や四号戦車には砲塔側面に照準手と装填手の専用ハッチがあった.

軍事板,2005/11/20(日)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第2次大戦のときの対戦車砲弾は ただ貫通するだけですか?
 発火したりはしないんですか?

 【回答】
 戦車砲もそうなんですが,WW2当時の対戦車砲の砲弾は殆どAP-HE(徹甲榴弾),つまり貫通した車内で炸裂するように少量の炸薬が充填してあるものが多いです.
 例えばソ連のZIS-3 76.2mm野砲のUBR-354A徹甲弾とか,ドイツの7.5cmPak40のPzgr39徹甲弾とか.

 ただし戦争後半になると,より貫通力を求めたAPCR(硬芯徹甲弾)なんかが登場するようになってきて,これには炸薬は使われていません.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE in 軍事板

▼ WW2時ですが,イギリス軍は徹甲榴弾を採用せず,ムクの徹甲弾(AP)を使用していました.
 徹甲弾の方が徹甲榴弾より質量が大きく貫徹力が高いからです.
 独自流を貫くイギリス人らしいですね.

 なお,日本軍は徹甲榴弾を「破甲榴弾」と呼んでいました.

モーグリ in FAQ BBS

被弾痕


 【質問】
 先日,映画「バルジ大作戦」を見たのですが(面白かったです),突撃をする戦車のハッチから車長(?)が大きく身を乗り出していて,米軍の機関銃に撃たれてしまいました.
・このような場合,誰かが車長の代行をするのですか?みんな忙しいのでは?
・戦闘中にハッチからあんなに身を乗り出すことはあるの?
を,教えてください.

 【回答】
 戦車長が負傷した場合,指揮を代行するのは砲手です.
 砲手は副車長格で,砲手で経験を積んで戦車長に昇格する場合もしばしばありました.
 ちなみにその下の序列は,操縦手→無線手→装填手の順になっています.

 「バルジ大作戦」はまだ見ていないので,どういう状況でハッチから身を乗り出していたのか判りませんが,戦車長は戦闘時も可能な限りハッチを開けて頭を出し自分の目で周囲の状況を把握して指揮を行うように求められています.
 著名な戦車エースのオットー・カリウス氏は,ハッチから身を乗り出して撃たれた戦車長は数多いが,それによりはるかに多くの戦車兵が助かっていると述べています.
 ソ連のT-34が多く撃破されたのは,ハッチを閉めたまま周囲の状況を把握せずに突撃した為だとも.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 戦車の主砲で航空機を撃墜した事例はありますか?

 【回答】
 WW2東部戦線で虎戦車がヤーボを撃墜した例があります.
 1943年12月16日,ベラルーシ・ヴィーテブスクにおいて第502重戦車大隊のオットー・カリウス少尉指揮のティーガー1による出来事だそうです.
 仰角一杯にして,見越しで撃ってみたら当たったとの事.

丼炒飯◆HY/YgdSbHM


 【質問】
 戦車の同軸機関銃って大概は7.62mmクラスで,12.7mmは少ないですよね.
 この辺の口径の選択は,どこから選ばれるものなんでしょうか?
 小型の戦車だから7.62mmにする,と言う訳でもなさそうですし・・・.

 【回答】
 12.7mmが同軸に採用されにくい理由.

・オーバーキル.固い目標には主砲を撃てばいい話
・発射速度が7.62mmより劣る
・7.62mmより加熱しやすい
・7.62mmより装弾数が少ない
・ドイツなどはそもそも12.7mm弾を戦車の装備体系から外してる

 あと,単純に銃も弾も大きいからリソースを食う.
 12.7mmに大した利点がないなら,7.62mmの方がよい.

モッティ ◆uSDglizB3o in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第2次世界大戦当時の戦車に対する風刺なんですが,3時間連続運転する度に故障して,修理に6時間かかるっていうのは本当ですか?

 【回答】
 どこの国のどの戦車に対しての風刺なのかが分からんと答えられんが,ナチスドイツの重戦車(ティーゲルとかケニヒスティーゲルとか)に対してならホント.
「生卵を敷き詰めて鉄板を載せた上でやるダンス」
「動くだけで壊れるように出来ている存在」
等,ドイツ軍重戦車の運用の大変さを語る言葉は多い.

 もっとも,そこまで極端でなくとも,戦車と言うものは機械的に無理のある存在なので,大小の差こそあれそういう傾向があり,
「壊れるために動いてる」
のはどれもあまり変わらない.

 アメリカの戦車はそういう意味での「壊れにくさ」「直し易さ」で,群を抜いていたらしいが.

軍事板,2004/03/09
青文字:加筆改修部分

ここまでやれば,さすがに米軍戦車でも壊れる
(by mail)


 【質問】
 第2次大戦時,もし行軍中や戦闘中に戦車が壊れた時って,どうしてたんですか?

 【回答】
 行軍中に壊れたら,路肩に寄せて整備部隊を待つ.

 戦闘中の場合は殆どが車両を放棄した.
 可能な限り爆破するとかして車両を破壊したけど,破壊しきれないまま敵軍に捕獲されたという例も数知れず.

 余裕があるなら戦闘後にできる限り回収して,後方に送り修理した.

 ドイツの戦車,特に戦争後期の重戦車は,どこもやられてないのに変速機が壊れて現地修理も出来ず,回収する手段がないので爆破して放棄,って臨終パターンがやたら多い.

軍事板
青文字:加筆改修部分

戦車で戦車を回収の図

(画像掲示板より引用)


 【質問】
 質問なんですが,撃破された戦車を回収した後,突撃砲等に改造することは可能なのでしょうか?

タイフーン ◆i3FjaNbBfI

 【回答】
 「とりあえず,捕獲した戦車の砲塔外して,対戦車砲そのまま載せてまえ」な応急対戦車自走砲なら,ドイツ軍もソビエト軍も,沢山現地改造で作ってたみたいですよ.殆ど使い捨てですけど.
 模型の写真だけど,例えばこういうのがあらぁね.

 T34/D30 122mm自走砲ってやつですが.
 ただ,これは対戦車自走砲ではなく自走榴弾砲.
 他にも,パンターに強引にW号の砲塔乗っけた現地改造車もあります.

 それ以上のものになると,最前線の野戦工場レベルでは無理.それなりに設備の整った工場が必要.
 例えばSU-76iは,搭載したZIS-5はT34/76やKV-1の主砲.
 また例えば,フィンランドのBT戦車改造自走砲も,工場で作ったもので野戦改造ではありません.

 他にも,こんなの
http://combat1.cool.ne.jp/ZIS-30.htm
やこんなの
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Bingo/1048/germany/rso_itareli/index_m.html
もありますが,どちらも後方のちゃんとした工場で作られたものです.

軍事板

 「タイガー戦車をレオパルド1にする方法」

 泥に嵌まった虎を,フィンランド軍に発見させる
→「回収しろ!(・∀・)」
→だが破損激しい虎('A`)
→じゃあ直せばいいじゃん
→軽量化やエンジン載せ換えなど,片っ端から弄る
→レオになってしまった!

軍事板


 【質問】
 ヨーロッパでは何千という戦車が破壊されたはずなのに,今では残骸は殆ど見られないのはなぜですか?

 【回答】
 撤去されたから.

 ドイツ軍の敗戦の際,破壊・遺棄された兵器は,臨時のスクラップ場に集積され,順々にスクラップにされている.
 回収された残骸は屑鉄として再利用
 戦災復興のために鉄材は必要だったわけだからね.
 70年代まではそういったスクラップ場が,まだフランスなどに残っていたそうだ.

 でも今でもたまに,埋められてたやつが出てくる.

モッティ ◆uSDglizB3o(黄文字部分)他 in 軍事板,
2009/06/16(火)

青文字:加筆改修部分

スクラップ・ヤードのパンター戦車


 【質問】
 WW2時の戦車が土砂崩れに埋まった状態で数年たった物を,レストアすることは可能ですか?
 装薬の変質はありますか?.
 二次大戦末期に全地球規模の大災害があって,その後に欧州が北斗の拳とかマッドマックスみたいな状況になった世界を考えてるのですが.

 【回答】
 気候の差とか,埋まり方によるんじゃね?
 「偶然」良い条件を発生させないと.

 ロシアのT-34が沼地から発掘されて,見事に動態状態にまでレストアされた事例はある.
 無酸素状態の泥の中に漬けられていたから,錆等の劣化が殆どなかった.
 ただ,これはあくまで幸運の産物で,矢張り保存状態によって大きく左右されますねぇ.

 泥炭地以外だと,乾燥しきった砂漠とか,万年雪のつもる雪原とか.
 前者はゴム系の部品はボロボロだけど,錆びにくい.
 後者は実際に不時着した爆撃機を再生して飛ばそうと試みたことがある.
 エンジンは動いたが,漏れた燃料に引火したらしく,炎上してしまったけど.

 発掘場所であるなら,北欧あたりがベストだろう.
 湿気が少なく,第二次世界大戦時に墜落した飛行機の回収業者も,よくそこで発掘作業を行ってレストアしている.

 ただ,弾薬については多くを期待することはできないだろう.
 創作としては,地下の兵器デポ(貯蔵庫)がそのまま埋もれ・・・とかなら,いい状態で復活できるのでは?
 Uボート用ブンカーみたいなのがまるまる埋もれてたりするとカッコイイ.

 余談だけど,原作小説版の「戦争の犬たち」で,主人公たち傭兵部隊が調達したMP40は,大戦中にドイツ軍が撤退の際,グリス漬けにして箱に入れて,トンネルだったか洞窟だったかに入れて,それを爆破して埋めたものを,後に武器商人となる地元の奴が発掘したもの.

軍事板
青文字:加筆改修部分

▼ 川から昔の戦車が発掘されたりってのもありますね
http://www.kappaa.net/3dcg/somua/nikki/07-02.htm

 猪鼻湖に四式中戦車が埋まってたり.
 漁礁になっとるみたいですが.メタルマックスみたいに掘り出してエンジン乗っけて自走,ってのはよほど運が条件が良くないと・・・

 そういや昔,ロシアの凍った湖から,KV-1が乗員の凍死体ごと当時の状態で出てきた,って話を見たような.

だれか in FAQ BBS
青文字:加筆改修部分

『ジャンボジェットのネズミ ヨーロッパの現代伝説』(ロルフ・ヴィルヘルム・ブレードニヒ編,白水社,1993.11)
を読んでいたら,ドイツのプファルツで起きたとされる真偽不詳の(作り話とは断定できない)エピソードとして,
「戦後20年間,干し草の山に埋められていたシャーマンを軍が撤去しようとしたら,一発でエンジンが始動して自走できた」
という話が.
 本当だとして,ソ連崩壊まで埋まっていた,どこかで野外展示されていたT34と耐久性対決ができたのに.

軍事板,2009/12/12(土)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 東欧の枢軸国の機甲師団の装備は?

 【回答】
 東欧に於いて,枢軸側で戦ったのは,ブルガリア,ルーマニア,マジャール,スロヴァキア,クロアチア,アルバニアの各国.
 このうち,アルバニアは,イタリア王国に併合されたのに等しいので,書くことはないわけですが….

 スロヴァキア,クロアチアは,分離前の国,即ち前者はチェコ,後者はユーゴスラヴィアの軍備の一部を引き継いでいます.

 スロヴァキアの場合は,解体時にスロヴァキア国内にあった,第3機械化師団の装備をそのまま接収し,LTVz.35軽戦車を50両と,OAvz.30装甲車を20両程度を中核に発足しています.
 LTVz.38軽戦車は,チェコ軍向けのもの10両を順次引き渡され,更に27両をCKD社に新規発注し,ラトビア向けでその国の消滅に伴い,引き渡されなかったLTVz.40軽戦車を21両買い上げました.
 1943年までにこれらの装備は順次,ドイツから供給された中古のLTVz.38を37両と,OAvz.30の後継としてII号戦車(A〜Cの初期型の中古),主力戦車として,III号戦車,自走砲としてマーダーIIIHが発注されますが,1944年に起きたスロヴァキアの叛乱で軍隊は解体されました.
 ちなみに,対戦車砲としては,シュコダの37mm砲が装備されています.

 ハンガリーは別項にて.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 : 軍事板,2005/11/13(日)
青文字:加筆改修部分

 戦車に限ると

▲ルーマニア
 ヨーロッパでも最も工業化が遅れた国なので戦車の自国生産は不可能.
 チェコから戦車を輸入する予定だったが,契約直後に相手がドイツに併合され,以後はドイツを通してチェコ製の35(t)や38(t)の供与を受けていた.
 しかし,ドイツが自国への調達を優先させたので配備は遅れ,もらった戦車も多くは中古品だった.
 その他に鹵獲したソ連のT-60軽戦車に,同じく鹵獲品の76mm野砲を載せたTACAM自走対戦車砲を少数作っている.

▲ブルガリア
 同じような状況
 大戦末期に4号やパンターなどを供与されているが,そのすぐ後にソ連と講和,
 以後はドイツの戦車でドイツと戦う.

▲フィンランド
 ドイツから四号や三突の供与を受ける他,鹵獲したソ連のT-34などを積極的に使っていた.

 基本的にドイツ以外の枢軸国は工業生産力が低かった(そのために経済的にも依存し枢軸側に付くことになったのだが)ので,兵器調達もドイツに大きく依存していた.

 ルーマニアとブルガリアの装甲部隊については「ラスト・オブ・カンプフグルッペ」(高橋慶史著)が詳しいので,そちらを読むことを推奨する.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 : 軍事板,2005/11/13(日)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第2次世界大戦のころからタングステン甲弾(炭化タングステンですが)は実用化されていたようですが,どの程度通常の弾より優位だったんでしょうか?

 【回答】
 参考までにM4の37.5口径75mm砲で
457m 徹甲弾:76mm 高速徹甲弾:117mm
914m 徹甲弾:63mm 高速徹甲弾:97mm

 その手の情報は以下のサイトも詳しい.
 超定番サイト.お勧め.

大砲と装甲の研究室

 以下のページの一番上の画像が,貫徹能力のグラフ.
各種徹甲弾の貫徹能力の比較

 APが普通の徹甲弾.
 APCRがタングステンカーバイトなどを使った硬芯(高速)徹甲弾.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 レアメタルをふんだんに使えた連合軍の戦車は,タングステン弾芯の徹甲弾も一台あたり何発も使えたのでしょうか?
 ドイツの場合,戦車一台につき1発程度と読んだ事はありますが.

 【回答】
 「スープアップ」と呼ばれたM4シャーマン用のM93HVAPは,1輌あたりの割り当てが5発かそこらだったはずですよ.

 T34-85の場合….
 85mm砲の弾薬定数は55発ですが,その内訳は
榴弾36発,
徹甲弾(APHEもしくはAPBC)14発,
BR-365P(HVAP)5発
となっています.
 HVAPの搭載は1944年2月から始まってます.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
 Laffly W-15TCCって何?

 【回答】
 Laffly W-15TCC は1940年,ドイツ軍の機甲戦術に対抗すべく,急遽造られた対戦車自走砲.
 優れた対戦車砲である47mm SA mle 1937 を,Laffly W-15トラックに搭載し,原設計では乗員と対戦車砲兵を装甲で覆うことになっていたが,生産型では緊急性を鑑み,装甲は省かれていたというから,搭乗員はちょっとかわいそう.
 急造車輌にしては本車は成功した部類に入り,この5台の対戦車砲と,それを支援する数門の軽対戦車砲から成る第54機動対戦車砲中隊 54eme Batterie d'anti-chars automoteurs(54e BACA)は,わずか8日間の戦闘で,戦車28輌,装甲車5輌の撃破を記録している.

 すぐに逃げ出せるよう砲は後ろ向きという,ある意味リアリズムな設計かも.

 【参考ページ】
http://wiki.wwiionline.com/index.php/Laffly_W-15_TCC
http://ww2drawings.jexiste.fr/Files/1-Vehicles/Allies/4-France/11-Trucks/LafflyW15-TCC/LafflyW15-TCC.htm
http://mailer.fsu.edu/~akirk/tanks/france/France-Other.html
http://w1.861.telia.com/~u86112131/french1940/w15tcc.html(54e BACAの詳細な戦闘経過を掲載)
http://forum.axishistory.com/viewtopic.php?t=94522


(画像掲示板より引用)



http://mailer.fsu.edu/~akirk/tanks/france/France-Other.htmlより引用)

【ぐんじさんぎょう】,2010/07/18 21:00
を加筆改修



 【質問】
 Laffly W-15TCCの要目は?

 【回答】
 乗員:4
 ガソリン・エンジン 4気筒 56馬力
 全長:5.40m
 全幅:1.90m
 全高:1.80m
 重量:4960kg
 装甲厚:不明
 最大速度:48 km/h
 行動半径:不明
 武装:47mm SA37 L/53対戦車砲×1,7.5mm機銃×1

 【参考ページ】
http://wiki.wwiionline.com/index.php/Laffly_W-15_TCC
http://ww2drawings.jexiste.fr/Files/1-Vehicles/Allies/4-France/11-Trucks/LafflyW15-TCC/LafflyW15-TCC.htm
http://w1.861.telia.com/~u86112131/french1940/w15tcc.html
http://forum.axishistory.com/viewtopic.php?t=94522




http://forum.axishistory.com/viewtopic.php?t=94522より引用)

【ぐんじさんぎょう】,2010/07/19 21:00
を加筆改修


 【質問】
 WW2中のスイスの駆逐戦車「ナーカンプカノーネ」について教えてください.

 【回答】
Nahkampf Kanone
Nah:近い,Kampf:戦闘,Kanone:砲.つまり近距離戦闘砲ですか.

http://mailer.fsu.edu/~akirk/tanks/switzerland/switzerland.html
のまん中あたりとかに,解説がありますな.


◆◆◆◆◆メカニズム

 【質問】
 第二次大戦の頃の戦車には,前部装甲の所に機関銃が付いていましたが,かなり役に立ったのですか?

 【回答】
 かなり役に立ったと思いますよ.
 特に,ロクな携帯対戦車兵器を持たない歩兵部隊を蹴散らす場合に.
 機関銃の乱射+接近する戦車の車体が発する圧迫感で,オーバーラン.
 砲弾を使わんでも,十分に歩兵部隊の組織的な防衛力を奪えたでしょう.

軍事板,2002/07/23
青文字:加筆改修部分

 戦例で言うと,エレファントの初期型は前部機銃積んでなかったんだけど,改修された時に,前部機銃を付けたんだよね.
 だから,かなり必要なモンだったんだと思うよ.

ベタ藤原 ◆MNjfnp0E :軍事板,2002/07/23
青文字:加筆改修部分

 一応,嘘か誠かは知りませんが….
 駆逐戦車フェルディナンドには当初,前部機関銃が搭載されていませんでした.
 これでクルスクに出動したため,相当数が破壊されています.
 その後,前部機関銃を取り付けたら,破壊が激減したそうです.
 弾幕を張ると,歩兵は頭をあげられないので,或る程度効果があったのではないかと思います.

眠い人 ◆ikaJHtf2 :軍事板,2002/07/23
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第二次大戦中にHEAT弾を搭載した戦車って,IS-2とかソ連の駆逐戦車ぐらいしか思い当たらないのですが,なぜあまり使われなかったのでしょうか?
 やはり施条砲だと威力が下がったからでしょうか?

 【回答】
当時のソ連戦車はHEATは使ってないはずだが,どんな資料にそんな記述が?
 戦後のソ連の榴弾砲にはHEATが付き物で,122mm用も152mm用も有った.
 現在でも有る.
 でもって,IS-2も「猛獣ごろし」も分離装薬の加農榴弾砲を流用してる.
 その弾を積めるだろうし,撃てるだろう.

 という事で,戦後の話を混同してるんじゃないの?

 第2次大戦中のHEATなら,ドイツの戦車が短砲身7.5cm用に装備してたものが有名だと思う.
 重装甲戦車相手に苦労してる割に,ドイツが大規模に使用しなかったのは,「機密兵器」に指定されてたために大規模な使用をためらったからだが
(ただし,ドイツ軍での成形炸薬弾の位置付けは「対ブンカー(トーチカ)用特殊弾頭」),
何よりも当時の貧弱な火器管制装置だと,弾速の遅いHEAT弾は遠距離目標に当たらない.
 近距離で撃つならHEAT弾でなくてもなんとかなったりするので,有用性が低かった.

 そういう訳で,HEAT弾はもっぱら交戦距離が短く構造上弾速を稼げない,携帯対戦車兵器に使われた.

 尚,ドイツ軍の7.5cm成形炸薬弾は独ソ戦初期のブレスト・リトフスク要塞攻略に際して使われたが,ブレスト・リトフスク要塞の壁面はこれでも容易には貫通できなかった.

 他に有名なところでは,対仏戦の初期にエバン・エマール要塞の攻略に成形炸薬式の爆薬が使われ,少人数空挺奇襲攻撃による要塞の無力化に貢献した.
 このエバン・エマール攻略戦が,「成形炸薬」というものが実戦で使われた最初のもの.

軍事板
青文字:加筆改修部分

▼ なお,T-34/76の76mmリ砲には,БП-350Аという成型炸薬弾が1943年ごろから配備されていたようです.
また,ソビエトの成型炸薬弾は76.2mm連隊砲M1927用の成型炸薬弾БП-353Аが最初で,ドイツ軍のものをコピーして1942年3月に採用になった,という記述が,
「Я дрался с Панцерваффе」
(Эксмо, 2007)
という本からの引用という形で,Wikipediaのロシア語版に書かれています.
 ちなみにロシア語での成型炸薬弾の表記は,「Кумулятивный снаряд」となります.

きろきろ in FAQ BBS,2010/4/23(金) 1:51
青文字:加筆改修部分

▼ 一部のソ連戦車はHEAT弾を使っています.
 例えばSU-122は,低初速の122mm砲を使っていたせいか,対戦車戦闘(自衛)用に威力が速度に依存しないHEAT弾(БП-460А)が配備されています.
 配備承認は1943年の5月だったようです.

二人兄弟の墓 in FAQ BBS,2010/5/3(月)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 よくWW2の戦車ゲームをやっていて思うですが,APやAPCBCHEに比べてHEやHEATの射程距離が極端に短いですよね.
 これは砲弾の質量のせいでなのでしょうか?

 【回答】
 WW2当時の戦車に関しては,この辺の内容が参考になるかも.
http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta02j.htm
http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta026g2.htm
http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta026e.htm

 記載されているデータを信用すると,
85mm BR-365 AP-T: 砲口初速 800m/s 弾重 9.3kg (砲弾全重 16kg,発射薬 2.6kg)
85mm BK-2M HEAT-FS: 砲口初速 840m/s 弾重 7.4kg (砲弾全重 13kg,発射薬 2.0kg)

 もっともHEAT-FS,つまり発射後にフィンを展開して回転を止めるパターンだから,弾速は急激に落ちると思う.
 手元に他にいい比較対象がないんだが・・・

 あ,これはどうかな.
 M41軽戦車用のM32 76mm砲の砲弾.

M496 HEAT-T: 砲口初速 1060m/s
M339 AP-T: 砲口初速 954m/s
M319 HVAP-T: 砲口初速 1234m/s

 口径が同じで弾重はAPの方が大きいから,距離が伸びるとHEATの方が先に弾道がへたれる.
 当然,遠距離射撃での命中率は下がるだろう.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 WW2戦車の砲塔の旋回は,どのような操作で行ったんですか?

 【回答】
 手動,機械駆動,電動など,戦車によっていろいろ.

●ドイツ

 4号はH型までは機械駆動(電動).
 足踏み式のペダルで操作.
 旋回速度は最大毎秒14度(英国戦車の半分),最小毎秒0.14度.
 手動の場合は,砲手のハンドル1回転で1.9度,装填手のハンドル1回転で2.6度回転.(ヴァンガードの和訳本)
 最後に生産されたJ型は燃料タンクを拡張するため,砲塔旋回用の小型エンジンを撤去して手動旋回のみとなった.
 砲塔を90度旋回させるためには,ハンドルを85回転させなければならなかったそうだ.
(宮崎駿の泥まみれの虎より)

 タイガーにパンターは油圧駆動.
 タイガーの場合は高速と低速に別れ,ペダルの前を踏むと右旋回,後ろを踏むと左旋回だと思ったよ.
 タイガーは方位(旋回)ハンドルもあるが微調整用で,砲手が熟練すれば高速と低速ペダルだけで充分照準が可能だったと記録されている.
 ビットマンの功績も砲手ヴォルのお陰.

 ちなみに砲身の上下は機械式の手動ハンドルで,ギアを幾枚か介してるだけ.

●USA

 シャーマンは3バリエーション
   ・オイルギヤ社製:動力機構(油圧)全周に15〜17秒,セットの手動機構ハンドル1回転で,75ミリ砲用18.9〜19.9ミル,76ミリ砲用100ミル.
   ・ローガンサポート社製:オイルギヤ社製に類似.
   ・ウエスティングハウス社製,動力機構(電動)全周に最小15秒・最大1分.手動機構記述無し.(グランドパワー誌より)

●ソ連

 T-34は,T-34/76に/85で砲塔内写真や断面図によってモーターのパワーアシスト付き,あるいは無しのが混在してるようだ.
 手動旋回では360度を14秒で旋回させる.
 T-34/76の初期タイプでは,上部にやや円錐形の電気配線の付いたモーター(?)らしき物あり.
 KV-1と共通の形状であったり,旋回装置の一言で済ましてる資料が多い.
 今後の課題.


 一方,オスプレイによれば,1944年夏までの最初の生産ロットまでは,砲塔の旋回は手動式で,1944年後半の生産ロットからMB-20V電動式砲塔旋回装置が導入された,とあり.
 但し,精度が十分でなく,適当な位置まで電動装置を使い,最後の微調整を手動で行なった,とのこと.


 ただし,オスプレイは標準的資料ではあるが,物によって「?」のときもあり.

一等自営業 ◆JYO8gZHKO.(黄文字部分)眠い人 ◆gQikaJHtf2(オレンジ色文字部分)他 :軍事板,2004/09/18
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 【質問】
 第二世代までの戦車の砲塔に鋳造が多用されているのは何故?
 鋳造の場合,鍛造とかに比べるとスが入って強度が劣るので防御力的にマズイ気がするのですが.

 【回答】
 量産性の為.
 戦車は量産性も命なので,溶接で砲塔や装甲を作ると量産性に難が出る.
 大戦中のドイツ戦車がまさにそうだった.
 鋳造技術の問題だったけど.

 他にも,第二世代までの戦車の装甲は,硬さよりも靭性と装甲厚で防御力を稼ぐタイプ.
 鋼材の質が良くて装甲厚が確保出来るなら,多少の強度の差は無視できる.
 また,避弾経始を重視した複雑な曲面形状等が造りやすいから.
 プレス加工&溶接で曲面装甲なんか作ったら,洒落にならない手間が掛かる.

 後,金型製作業に関わっている身から言わせて貰うと,型の設計,製作がキッチリされていれば,巣は強度的に問題になるほど入らない.
 鍛造より劣るのは確かだが.

ue ◆WomMV0C2P. :軍事板,2006/03/11(土)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 大戦時のレシプロ航空機のエンジンの馬力は,車両全般のそれと違ってかなり馬力が高いですが,なぜこれを戦車用に転用しなかったのでしょうか?

 【回答】
 例えば,M3軽戦車の場合,Continental製航空用星形エンジンを装備していました.
 9トンのM3軽戦車に対し,270kgのエンジン質量で,260馬力を出し,戦車自重に対するエンジン質量の比率は 3%と小さく,その分を走向と火力に配分できました.
 対して,九八式軽戦車では,100式統制ディーゼルの質量は,850kg程度で125馬力であり,前述の比率は, 12%になります.
 M3ショックで,日本軍軍部が,これと同等性能の空冷星形ディーゼルエンジンを日野に開発させようとしていましたが….


 しかし航空用エンジンを戦車に搭載する場合,特に星形エンジンは,エンジン自体がコンパクトでも,立方形の戦車内の空間に載せるには,スペース効率も整備性も悪く,特に下側のシリンダーにオイルが溜まり,そのための始動不良対策(プラグ交換)には4時間かかると言う代物でした.
 結果的に,M3中戦車,M4中戦車は,フォードV8水冷ガソリンに変更され,クライスラーでは,6気筒の自動車用エンジンを5台束ねたものを実用化しています.

 また,冷却の問題があります.
 特に自然冷却ではなく強制冷却にする必要がありますから,冷却ファンには大馬力のモノを用いなくてはなりません.

 航空機用のレシプロエンジンは空冷・液冷問わず,高速で飛ぶ事で冷却しているからです.
 M3軽戦車の場合,エンジンの馬力が250馬力なのに対し,初期型では,冷却ファンの消費馬力に70馬力を要していました.
 最終的にはファンの形状や置き方を見直して,冷却ファンの使用馬力を7馬力にまで落としていますが.

 さらに,もともと車輌用に設計された物に比べて全高が高く,結果的に車体が大型化するなどの欠点があり,あまり一般的ではありません.
 M3中戦車これが原因で車高が異様に高い,視認性が無駄に高い戦車出来上がってしまいました.
 東部戦線では「七人兄弟用棺桶」や「家」と蔑まれ,欧州戦線で早々とリタイヤしています.

眠い人 ◆gQikaJHtf2(黄文字部分)他 :軍事板,2005/03/02
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 冬場のスターリングラードでは,戦車のエンジンがなかなかかかりません.
 どうしたらいいでしょう?

パウルス将軍 in 第6軍

 【回答】
 冬場のエンジン・スタートは規則違反ながら,慣性始動機などないため,戦車による押しがけが基本.
 始動したら三十分はじっと暖気運転.
 無理(アクセル)をするとピストンロッドかクランク軸がいかれる.
 スターターキイ・オフ(点火栓)>クラッチ・ニュートラル>ブレーキ開放>僚車が押す>適当に動いたらキイ・オン>クラッチをトップギアへ>エンジンが始動したらクラッチ・ニュートラルへ>そのままじっと水温計の上昇を待つ.
 簡単だろ?(笑)

一等自営業 ◆JYO8gZHKO
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 大戦中の戦車って,トランスミッションがよく壊れたらしいけど,日本軍の戦車ってどうなの?
 ミッション壊れたとかあんまり聞かないけど,丈夫だったの?

 【回答】
 いやよく壊れた.

 でも,あの当時はどこの国のもトランスミッションがデリケートで,すぐ壊れるのは結構当たり前.
 別に日本のだけに限った話ではなく,どこもそんなもの.
 戦車は重い車体を無理やり走らせてるので,別に設計に欠陥がなくても,トランスミッションが壊れやすく,ずっと後になってトルクコンバーター式のトランスミッションが普及するまでは,変速機関係は戦車のウィークポイントであり続けた.

 アメリカのものだけはわりとマトモな出来だったが,やっぱり荒っぽく扱うとすぐに壊れた.

 ソビエトの戦車は起動輪が後ろにある=トランスミッションが後部にある,のでどれもレバーが延々とロッドを介して操作することになるため,レバー操作がやたら重くて大変だと不評だった.
 「ハンマーでブッ叩かないと切り替わらない」と言われ,でも実際にそんなことした日には当然,レバーとロッドが壊れる.

 ドイツの戦車は作動そのものは快調だが,丁寧に操作しないとすぐに壊れる繊細な作りな上,頻繁かつ綿密な調整と整備を必要とした.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 WW2当時の戦車の駆動方式について質問です.
 戦車によって前輪駆動・後輪駆動の違いがあるようですが,それぞれメリット・デメリットはどんなものがあったのでしょうか?
 また,車で言う四輪駆動のようなものもあるのでしょうか?
 あともしよろしければドイツの三号突撃砲の駆動方式も一緒に教えてもらえないでしょうか?
 転輪の歯からして前輪駆動っぽく見えるのですが・・・.

 【回答】
 現代ではあえて前でなければ,また後ろでなければならないという発想はないと思う.

 WWU終了ごろまでは後起動輪の場合,起動輪が巻き上げられた異物を噛んで欠損したり,それによってキャタピラが外れやすいという思い込みがあったらしい.
 それでリアエンジンの戦車でも,当時はプロペラシャフトを使って前に変速機と起動輪を持っていった.
 また,超堤性(盛り土を乗り越える性能)において,後ろからキャタピラを押し出すよりも前でキャタピラを引っ張った方が優れている,という考えもあったと聞いたことがあるが,これは正確にはわからない.

 現代は合理的な空間設計の必要性もあるので,エンジンと変速機を非常に近い場所におき,あるいは組み合わせて一つのパワーパックとして扱い,エンジンに近い位置に起動輪をつけるというのが一般的.
 殆どの戦車は後エンジンなので後起動輪だけど,メルカバなど前エンジンのものは前起動輪.

 車で言う四輪駆動,おそらく前後に起動輪がついているものという意味だとおもうけど,これは多分ないと思う.
 四輪駆動の利便性というのは,車の場合車輪が直接地面に接地して,これと路面との摩擦を利用して車輪の回転を推進力にすることによる.
 四輪駆動にすることで前後左右のタイヤに駆動力を配分でき,それによってどれかの車輪が宙に浮いたり,あるいは極端に荷重の偏りがでたり,またスタックしても残りの車輪に配分された駆動力で動くことができるので.これが特に不整地路面において,二輪駆動に対して優位なところ..
 戦車の推進はキャタピラと路面との摩擦で行われており,キャタピラと起動輪は外れない限りは,強固な歯でかみ合っているので.

 三号突撃砲はご指摘の通り,前に起動輪がある.

軍事板,2006/03/03(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 戦車の転輪って直径が大きいと,どういうメリットがあるのでしょうか?
 素人考えなのですが,転輪を大きくすると転輪の重量も必然的に重くなるから,サスのスプリングも強力な物が必要になり足回りが重くなって不利になるんじゃないかと思うのですが?
 でも大戦中のドイツの戦車だと,IV号まで小径転輪だったのが,V号以降は大径転輪になってるんですよね.
 何故なんでしょ?

 【回答】
 大転輪式だと,高速走行に有利です.
 逆に欠点としては,接地圧にムラが出てしまいますし,後部の誘導輪もしくは接地輪の装備位置が高いと,履帯が走行中に波打ち,袖板に当たり,履帯が外れやすくなります.
 前者の欠点については,履帯幅を大きく取るなどの対応が必要ですし,後者の場合は,後部の誘導輪,または接地輪の位置を慎重に決めたり,履帯の調整装置で対応したりします.

 ドイツのV号戦車以降は,大転輪を採用していますが,接地圧を均等にするため,千鳥型配置を採用して,その大転輪の欠点を解消しようとしています.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板,2007/06/09(土)


 【質問】
 小転輪を並べるとサスの間隔が短くて,乗り心地はよいが,不整地では低速走行しかできない,というのは本当なの?
 ソ連/ロシアでも,T72からは大型転輪やめて上部支持輪付きの小型転輪にしてるし,現代の戦車で大型転輪使っているのは無いし.

 大型転輪の元祖クリスティーも,整地走行は速いけど,不整地走行はそれほどでもないような.

 【回答】
 Yes.

 チャーチル歩兵戦車が小型転輪を使用した戦車の代表例といえるのではないだろうか?
 逆に大型転輪を使用した戦車の好例はT-34といえるのではないかな?
 (T-34が揺れるのはクリスティー型サスペンションのせいもあるが)

 挟み込み式の転輪は,サスペンションの間の間隔が短くて数が多く,かつ大口径の転輪ということになり,両者の長所を併せ持つ事になるが,この形式は整備工数が非常に大きくなるという,大きな欠点を持っている.

(軍事板)


 【質問】
 現代の40mmグレネードランチャーで,WW2時代の戦車を破壊可能でしょうか?
 カンプピストルみたいのが対戦車火器として通っていたなら,いけそうなきもするんですけど.

 【回答】
 40mmグレネードはRHA(均質圧延装甲) 50mm程度の鉄板を貫通できます.
 T-34/85でも正面装甲は,対HEATで100mm以上に相当します.
 しかしT-34/85でも最薄部の厚さは20mm足らず(Tanks of the World, 1915-1945, Chris Ellis, 1972 ),側面でも40度の入射角で50mm足らず相当(Airfix Magazine Guide 22 Russian Tanks of World War 2)なので,側面から直射すれば貫通する可能性は十分あると考えられます.

 T-34/85の側面装甲が,20mm対戦車ライフルで貫通可能であったこと,同ライフルの貫通深は20〜30mm程度と考えられることから,HEATとKEの差を考えても,やはり40mmグレネード弾(AT/ATMP)で側面攻撃はあり得ると思います.

http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_40_mm_grenades
「The M430 and M430A1 are 40x53mm HEDP cartridges akin to the low velocity M433.
They differ in how much armor they can penetrate, with the M430 being able to penetrate 51mm of steel plate, and the M430A1 being able to penetrate 76mm」

 76mmいける弾もあるんですね.
 もっともJane's ではM430A1は50mmとしてますから,Wikiよりはこっちの数字が確かかな.

軍事板,2010/08/04(水)
青文字:加筆改修部分

 【質問】
 2点ほど疑問な点が.
----------------------------------------------
T-34/85でも(中略)側面でも40度の入射角で50mm足らず相当(Airfix Magazine Guide 22 Russian Tanks of World War 2)なので(中略)

T-34/85の側面装甲が,20mm対戦車ライフルで貫通可能であったこと,同ライフルの貫通深は20〜30mm程度と考えられること(以下略)
--------------------------------------------------
疑問点1.
 前半に関して.
 T34/85の側面装甲は45mmだから,そこに40度で入射した弾丸に対しては,70mmに相当しませんか?

疑問点2.
 後半に関して.
 T34の車体下部側面は45mm厚(直角)だったと思います.
 上面を除けば,この部分が一番脆弱だったと思うんですが,20mm対戦車ライフル(ラティですよね恐らく)で撃ち抜けたんですか?
 口径14.5mmのPTRDが,100m正撃で35-40mmを抜けたことを考えれば,特に不思議な話ではないと思いますが,実例などがありましたら,示していただければ幸いです.

2010年09月22日 22:57,マツケン

 【回答】

 45mm装甲板に,40度で入射する直線を左図に示します.
 このとき,Xの長さは,一体いくつでしょうか?
 ここで,Aという仮想の三角形を考え,それを右図に示します.

 このとき三角関数より

45=Xcos(40deg)

という式が成り立ちます.

 これを整理すると

X=45/cos(40deg)

となります.

 式を計算すると,X=58.74となります.

2010年09月23日 01:31,極東の名無し三等兵

 レスありがとうございます.
 Wikipediaを見てみたら,「入射角」の定義は2つあるみたいです.
 以下引用
――――――
 入射角と反射角は,それぞれの光の進行方向と境界面の垂線との間の角として定義される.
 説明図における左の α が入射角,右の α が反射角である.
 なお,歴史的な事情から電気工学から発展した電磁気学においては,この入射角と反射角が反射面に対する角度として定義されることがある.
――――――
 俺は装甲と砲弾の進行方向のなす角度を40度として計算していました.
 ただ,どちらの方法で計算しても,
「側面でも40度の入射角で50mm足らず相当」
という答えにはならないと思うんですよね…

2010年09月23日 07:54,マツケン

以上,「軍事板常見問題 mixi別館」より


 【質問】
 T-34の登場まで,有力な傾斜装甲を備えた戦車が無かったのは何故ですか?
 装甲が薄くてあまり意味がなかったのですか?

 【回答】
 あんまり「有力」じゃないのはそれ以前にもあるが,T-34ほど大胆に採用できなかった理由としては

・車体容積の問題.T-34はそこらへんを犠牲にした設計
 30tクラスのT-34ならいざ知らず,1人砲塔,10t程度が当たり前の時代では,重量増加による弊害が大きい

・車体前面に関しては,前輪駆動車の場合,変速機の点検ハッチを設けなければいけないので,一枚板構成の傾斜装甲が採用しにくい・できない.
 T-34は後輪駆動で変速機が後ろにある.

・戦車の対戦車戦闘が設計段階(戦前)にはまだまだ模索状態であったこと

・各国設計陣の保守性も無視できない.


 【質問】
 パンターとJS2は同じような重量なのに,側・後面の装甲厚が大きく違うのは何故なんでしょ?

 【回答】
 JS−2は前であるKV-1重戦車があまりにも重く機械的な故障が多かったので,その克服のための研究がベースに完成している.
 実に単純に居住性を犠牲にして車内に向けて装甲を厚くすることで,容積を減じて重量が限界を超えることを防いでいる.
 前方機関銃手も廃止して車体前上面を絞り込んでいるのもそのため.

 対して,ドイツ戦車の重量が大きい理由として良く語られるのは,車高が高いからではあるが,車高の高さを決定する要素として,砲塔バスケットの採用はさほど関係ない.
 M26とM46,T54,3号戦車のように同系列の戦車で初期には砲塔バスケットを採用していなかったのに途中から採用した例があり,その過程で車高は増加していない.

 ドイツ戦車の場合,ガソリンエンジンの背が高いのでエンジンデッキの背が高くなる.
 当時のV型エンジンはバルブ開閉機構の配置の関係で総じて背が高いが,ドイツの物は特に背が高い.
 これはトルクバンドの大きいエンジンを好んだと言う説と,オクタン価の低いガソリンに対応するためと言う説があり(多分どちらも当たっている),当然のように背が高くなる.

 また,前方駆動を採用していたので,車体の前後にプロペラシャフトが貫通する.
 M18のようにシャフトを低くする工夫もしていないので,当然のごとく戦闘室の床が高くなる.(つまりバスケットを廃止しても床板の高さは変わらない.)

 ソ連の重戦車は後方駆動だが,これはソ連の重戦車が多砲塔戦車の流れを汲むためと言われている.
 多砲塔戦車は車体が長いので,前方駆動にするとシャフトの長さが限界を超える.
 ただし,T34はクリスティー戦車の流れを汲むので後方駆動を採用した理由は全く異なる.

 なお,米ソは大戦中期以降,車体側面の燃料や砲弾の入った張り出しを廃止して軽量化と車高の低下(特に被弾に弱い上部車体)を図ったが,ドイツの場合,張り出しに冷却機が設置されており,この張り出しの廃止は出来なかったと言われている.

軍事板,2006/03/21(火)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 車高が高いと不利なのは分かりそうなもんなのになぁ.
 パンターとシャーマンの「高さ」は不思議です.

 【回答】
 パンターはガソリンエンジンだから.
 ドイツは車両用の小型ディーゼルエンジンを開発できなかった(冶金技術の問題の他に,燃料確保の問題から)ため,ガソリンエンジンを使い続けることになったが,垂直ピストンの気筒形式は大型にすると必然的に背高のエンジンになる.
 従ってその制約から,車高を一定以上低くすることが出来なかった.

 シャーマンは航空機用の星型エンジンを立てて積んでるので,どうしても車高を低く出来ない.
 星型エンジン以外のエンジンを積んでいる型もできたが,最初の型の設計をエンジンにあわせて変えるのは大量生産に不合理なので,その後もそのまんま.
 それに加えて,多砲塔戦車のM3中戦車の車体を流用しているから,なおのこと車高が高い.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第2世界大戦の戦車で質問です.
 あの頃の戦車の照準器は,片目で覗くのですか?
 それとも両目?
 漫画とか見てると両目っぽいんですが・・・国ごとで違うのでしょうか?
 とりあえず,シャーマン,4号戦車,T34がどうだったのか教えてください.

 あと,両目だったとして,両目で覗く意味はなんなのでしょうか?

 【回答】
 パンター,タイガー1,タイガー2(ヴェグマン砲塔,俗にポルシェ砲塔とも言われている物)の初期〜中期を除けば単眼です.
 双眼タイプはまんま双眼鏡的に視界が広いだけで,ステレオ式ではありません.
 戦後のM47が避弾率を下げるため,砲塔の幅を詰めたら,ステレオ式測距器の基線長が稼げずに精度が不足し,その後のM48やAMX30,レオパルドが亀甲型の幅広の砲塔にした程であって,▲第2次大戦の双眼式の照準器で,ステレオ測距なんか無理です.

 双眼式の欠点は,砲塔前面の開口部が増えて防御力が落ちる.
 左右幅など,アジャストできないとかえって使いにくい等.

軍事板,2002/11/23
青文字:加筆改修部分

▼ WWIIの双眼式照準器は測距能力はないのはその通りですが…

>戦後のM47が避弾率を下げるため,砲塔の幅を詰めたら,ステレオ式測距器の基線長が
>稼げずに精度が不足し,その後のM48やAMX30,レオパルドが亀甲型の幅広の砲塔に
>した程であって,

 基線長はM47のM12,M48のM17とも殆ど同じですので,この指摘はおかしいです.
 ものによってはM12のほうが,基線長がわずかに長い(M12は1645mm,M17は1524mm)とする資料すらあります.
 M47のステレオ式測距儀の問題は,
「砲手が扱うために主砲と直接リンクしているため,発射衝撃で測距儀が狂う」
「立体視できない砲手が2割ほどおり,彼らは距離が測れない」
ことです.
 M48では測距儀を主砲から離して車長が扱うように変更,また上下合致式に変えています.
 AMX30も同様です.
 レオパルドは砲手が扱いますが,ステレオ式と合致式を併用するタイプです.

BMP in FAQ BBS,2010/11/12(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第二次世界大戦中の戦車には,冷房はついていたのでしょうか?
 ついているわけがない,とは思うのですが,アフリカ戦線で戦車に乗っていた人は,ひたすら我慢していたのかと思うと,何らかの対策があったのかなぁ?とも思い,疑問なのです.

 【回答】
 第二次大戦当時の戦車には,冷暖房装置は一切付いていませんでした.
 ドイツ軍戦車を例に挙げれば,アフリカでは車内気温が50度以上となりました.
(当時の写真でも,操縦手以外は車外に出ている)
 逆に東部戦線では零下40度にもなり,素手で機器を触ると皮膚がくっついてはがれてしまう位寒く,起動の際はエンジンを火であぶらなくてはなりませんでした.

 又,フェルディナント(エレファント)自走砲の様に,電動モータで動く車輌は,モータの熱が車内に篭って,やたらと暑かったそうです.

名無し四頭陸士 :軍事板,2002/07/17
青文字:加筆改修部分


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